2007年度のBlogです

11月17日(土曜)

新店舗に移って1ヵ月以上が過ぎた。
前と最も変わった点は、整理整頓がなされていることだろうか。今のところは(苦笑)。
わたしは、子どもの頃から、整理整頓が苦手だった。小学校の頃から、机の上はちらかり放題、引き出しの中はいつもぎゅうぎゅう詰めのまま放置していた。部屋もそうだった。そして、ずっとその性癖ままこれまできた。
店舗移転を機に、これを改めようとした。書店で平積みされた『佐藤可士和の超整理術 』も思わず衝動買いしたくらいだ。わたしは何かというと本から初め、すぐに本に頼るから(苦笑)。だいたい普段のわたしの好みからして、売れっ子のアートディレクターの著作などまず食指が伸びないものだが、「整理本」とあり、巻頭の写真にある著者のオフィスの整然さに目を見張ったのだ。
今のところ、毎朝、掃除をすることを日課とし、店内の秩序は保たれている。これまでは、掃除はたまに思いつた時に、の状態だった。年末の大掃除も省略していたほどだ。

要は、整理整頓が保たれるテンプレートをどう日常化するか、それと放置しないことだ。
この要諦はダイエットにもいえる。
8キロほど減量して、理想体重になって2年くらい経とうとしている。太らないような日常の食事と運動のテンプレートをつくり(決して過度に精神的負担がかからない形でつくることが大切だ)、食べ過ぎたり、呑みすぎたりしたら(わたしのこれが多いが)、それを放置せず、すぐにリセットするやり方もテンプレート化しておく。これがリバウンドさせないコツだ。
整理整頓もダイエットも、その果報は、すっきりした爽快感というのも共通項である。

11月10日(土曜)

今週、昼休みにいつものように新しい店舗の周辺を散策していると、バッティング・センターを見つけた。それはなくなってしまったと思っていたが、勘違いだった。一本通りを間違っていただけだった。その辺は、大きく区画整理されているために、通り一本といってもかなりの広さがあり、加えてマンションが立ち並ぶようになったので、通りを一本、間違っただけでも見えなかったのだ。
発見記念?に 1 ゲームだけやってみた。客はわたしひとりだけで貸し切りだった。10数年ぶりであったにもかかわらず、空振りは一度もなかった。時速100キロだったが ( 苦笑 ) 。
新店舗に移って、平日の巨大ホームセンター、バッティング・センターなど、これまで縁遠かった所が身近となった。

敬愛する小説家、宮内勝典さんの最新刊エッセイ『惑星の思考』。氏のウェブ・サイト「海亀通信」がベースなっている。最終章の「インド、バングラディシュへの旅」は書き下ろしのようだったので、まずその章から読み始める。宮内さん特有の世界性の切っ先へと突き進むエネルギッシュさと知性を感じさせる紀行文だ。最後の訪問地であるコルカッタで出てくるカフェにはぜひとも行きたくなった。
そのカフェは、「ベンガルの文化人や独立運動の志士たちの溜まり場」だったそうだ。「劇場のように巨きなコーヒーハウス」は、ベンガル・ルネッサンスの中心地だったという。
そういえば、いま思い出したが、バリ・ルネッサンスの中心地を訪問、おまけに滞在できたもの(いまはホテルになっているので)、最初のきっかけは宮内さんの『バリの日々』という著書だった。

10月27日(土曜)

昼休みに時間をみつけては、新店舗の周辺を散策している。周辺の店といえば、だいたい大型店が点在している。みなフランチャイズのような全国チェーンばかりだ。
こうしたエリアの周辺には、ましてや近くには流通団地があるにだから、おいしい食堂などないと予感はしていたが、案の定、どうもその通りのようだ(苦笑)。
どうやら散歩には不向きなエリアだな。
昨日は、散策の途中、近くにバッティング・センターがあったのを思い出し、そこへ向かったが、どうしたことか見当たらない。それがなくなっていたのに気がついたのは、何度も通りを行き来してからだ。その場所にはマンションが建設中だった。 バッティング・センターにはもう10年以上行っていないのに。

今週は『ウォルマートに呑みこまれる世界』(チャールズ・フィッシュマン著)、『ネットカフェ難民』(川崎昌平著)を読んでいる途中。アメリカの郊外生活エリアに世界最大規模の安売り大型販売店ウォルマートが与える影響。東京の「最底辺生活」の模様。その2つを意識しながら、わたしの新しい職場の周りを散策してみた。
両著からうける共通の通低音は乾いた「カサカサ」だ。『ウォルマート』の著者はそんなつもりはないだろうが。その「カサカサ」のエーテルはわたしの周辺エリアへも陸続きである。 幸い、近くに神社がある。そこに行くと空気が異なる。大木が生い茂り、潤いがある。スポットがあって、よかった。

ミャンマーのビザ発給が再開された。 しかし、渡航者の職業チェック、旅程表提出とたいへん厳しい条件付きである。 ジャーナリスト、 NGO ボランティア、宗教関係者の入国をプロテクトするためだろう。 とうぶんはこの状況が続くのだろう。

10月13日(土曜)

今週から新店舗にて営業開始。
以前の場所が気にいらなかったわけではない。むしろ大いに気にいっていた。店の窓からは県立劇場の庭が一望できるガーデン・ビューだった。県立劇場の通り、なにか落ち着きのある通りだった。劇場、大学、高校、ハローワーク、法務局などこの通りには公共施設に面しているので、熊本市の人口重心からすると中心地にもかかわらず、過度な商業施設がない。。そんなことが落ち着きをもたらしていたのだろう。
移転の理由は、簡単に言えば、他にいい物件があったから、ということなんだが、根本的には 12 年間で区切りをつけたからだ。
ちょうど 12 年前の同じ月に、旧店舗で開業した。郷里に帰ってきて、ひとりで荷物を運び込み、まったく何も無い状態からはじめた。すべての荷物を移し終えて、旧店舗の鍵を閉める時には、言いがたい感慨があった。

店舗移転でかなり多忙でなかったのかというのが先週までだが、まあ、それでも夜 7 時には帰るわけだから、世間と比べれば高が知れている。本を読む時間はキープできた。
今週、もっとも印象深い作品は『でっちあげ  福岡「殺人教師」事件の真相 』(福田ますみ著)。今年の 「新潮ドキュメント賞」受賞作品ということで読んでみた。この事件は新聞もしくは「週刊文春」で読んだ記憶があった。ほんとマスコミ報道を鵜呑みにする怖さを感じとる内容のものだ。「史上最悪の殺人教師」と見出しに使い、実名報道したのが大スクープを書く西岡研介であったこと。被害者ともいえる小学校教師は熊本出身、ならびにクレイマーの両親は福岡から現在は熊本在住であること。そんな事実のパーツがわたしにとって身近なものへとひきつけた。

9月29日(土曜)

引越し準備にて多忙。

ミャンマー情勢が気になるところだ。

9月08日(土曜)

秋めいてきたが、入浴中の水シャワーはまだ継続中。
わたしの自宅は井戸水なので、夏でも冷たい水が出る。この冷たい水シャワーは本当に気持ちよい。熱めの天日風呂への入浴と冷たい水シャワーを交互に2,3回繰り返す。
世界の水事情からすれば、なんとも贅沢なことだと思う。特に熱い国で、冷たい井戸水をジャージャーふんだんに水浴びできる所はそうないはずだ。

久々に背筋をぴんと伸ばしたくなるような本を読む。
『早朝座禅』(山折哲雄著)。
著者は高名な宗教学者であるが、平明な口調で「早朝座禅」、「散歩の効用」、「庭にたたずむ」、「河原で風に吹かれる」などの効用、実践法を伝授する。
最初の「早朝座禅」のすすめも、著者自身の永平寺の座禅体験をもとに、自己流にアレンジした「勝手禅」として紹介してある。具体的で分かりよい。
ちなみに、わたしは仏教を本格的に学んだことはないのだが(特定の宗派に帰依しているわけでもない)、最もシンパシーを感じるのは孤高の修行僧のような空海だ。年とともに、俗世、俗人にも手を差しのべ、コミットメントしていった親鸞の懐の深さも好きになった。もとより、うちは浄土真宗だが(苦笑)。一方、永平寺の開祖、道元はどうも苦手だった。作法にやたらとうるさいのが好きになれなかった。堅苦しい。もう中、高校の部活と空手道場稽古でこりごりだ。しかし、いまは道元が徹底的にこだわった「型」が美しいと感じる。

本書の中でダライラマに関する記述があった。
「先日、ダライラマさんに会ったときにも、あらためて素肌を見せることの大切さを認識させられた。(中略)その肌は張りがあって美しい。人柄の高潔さが、そこに表れているように見えるのである」
3年前だったと思うが、ダライラマが来日したおり、熊本での講演会に行ったことがある。講演内容はわたしには響いてこなかったが、法衣から露になったにの腕の逞しさが最も印象的だった。高齢なのに力強いにの腕だった。

8月11日(土曜)

お盆前の週末で人も車も少ない。すでに盆休みの雰囲気だ。わたしには盆休みのないし、今日の午前中は慌しかった。まず通勤中に自転車がパンク。しかもまだ 2 キロくらいしか走行していないところで。自転車通勤時には携帯はおろか財布も持っていないので(携帯は日常でもほとんど携帯しないのでわたしのは「携帯」ではない)、のこり 8 キロを自力で行くしかない。着いた時には汗だくだった(苦笑)。
その後、店舗の移転計画があるため、候補物件の下見。その時もまだ汗がひかず。その途中で本日出発のお客さんの航空券でトラブル発生の連絡あり。テナントの下見を続けながらも、意識はそちらの対応策へ。急ぎ店に戻った後も、来店アポのあったインドネシア人のお客さん 3 名を接客。トラブルの事後対応、タイヤ修理のオーダー、再び外出して航空券ピックアップ、バイトさんが昨日差し入れてくれたどら焼きひとつを食べて、なが~い午前中が終了。ふ~う。

「治安」について。
先週だっただろうか、ネパールへ行きたい、という男性の学生さんが来た。ネパールへの航空券の行き方はけっこう下調べされていた。接客の最後の方で「それだけ調べているんだったら、政情不安が続くネパールの治安についてもある程度調べた方がいいですよ」と言った。「前に(政情不安定な)イエメンに行った時もなんともなかった」、「外務省のホームページを見ても・・・」。
話はそれで終わったが、その応えに違和感が残った。わたしの言い方がよくなかったのかもしれないが、「治安」は旅の計画で用意しなければならない確認項目として捕らえるのでなく、「治安」を調べることは、その国の政治、経済、文化、あるいは周辺国との関係性などを包括的に含めたその国の「状況」を調べる作業だ。その国の現在の状況があるからこそ治安がある。なにも数値化された「治安」をホームページで確認さえすればいいものではない。若い人には訪問国の「状況」を知る旅をしてもらいたいのだが。

『新潮 45 』 8月号の特集「13の旅の怪事件簿 昭和&平成」。各事件を読むと、事件に巻き込まれた人が、これは軽率かな、これは防げんぞ、いやこれは途中で引き返せたんでは・・・と様々。この特集での「タイ白タク運転手の新婚旅行殺害」事件は、平成元年の事件発生時の新聞記事を読んで記憶があった。これは自力ではなかなか防げんぞ、と思う。亡くなった旦那さんの方は「1年5ヵ月」にわたり世界を旅した経験がある新任の教師だった、とある。空港でタクシーにのり、そのタクシードラバーが金品目当てに襲ってきて、木材でめった打ちしてきたのではたまったものではない。
わたしは以前、スリランカで交通事故に巻き込まれて以来(わたしが怪我したわけではないが)、それからは長距離バスやタクシーに乗る場合は、必ずそのドラバーの人相風体を確認するようになった。夜間にタクシーに乗った場合は、なるべく自分の方からドラバーに話しかけるようにしている。それでも、事件に巻き込まれることがある。この特集はたいへん興味深く読んだ。

7月14日(土曜)

台風の到来の静けさ。店の前の人通り、交通量も少なく、閑散としている。
町内会のスポーツイベント、ミニバレーも延期となった。ひさしぶりに運動ができ、おいしいビールが呑めると思っていたのに(苦笑)。

先月末で紀伊国屋書店の熊本店が閉店した。
なんとも残念である。営業最終日が土曜ということもあり、最後の日も出かけた。土曜にその週の仕事を終えて、紀伊国屋で本をながめ、喫茶店に入って、購入した本を読む、というのがわたしの最もくつろげる行動パターンだった。

店頭には「 32 年間ありがとうございました」との看板があった。ずいぶん前にも、ひょんなことから、紀伊国屋の熊本店は赤字だと仄聞したことがある。近年は近くに新興の大型書店も出店があったので、閉店せざるをえなくなったのだろう。
決して紀伊国屋の品揃え、新刊本の陳列に満足していたわけではないが、熊本の中ではダントツで利用しやすかった。ほんと残念至極である。

参院選挙戦が始まった。ジャーナリストの有田芳生さんが「新党日本」から立候補している。久々に応援したい候補者だ。当選すればよいのだが。

6月23日(土曜)

先週末から風邪ぎみだったが、昨日の午後から体調が悪化。雨合羽でのバイク通勤で体を冷やしたのがいけなかったのかもしれない。熱もでてきたようだったので、昨日は定時退社して、崩れ落ちるように床につく。さりとて、すぐに眠たくなるわけではないので、帰宅途中で買い求めた「週刊朝日」を読む。発熱した時には手軽に読める週刊誌がよい。興味を引いた記事はないが、他にすることもなく、朦朧とした頭で小説以外の全ページに目を通した。この週刊誌は以前に比べてコラムの質が落ちたようだ。

「週刊朝日」のなかで、わたしのひいきにしているのは、辛口の服飾評論家が話題の人物のファッションを批評する連載であるが、今週はコムソンの会長だった。随分と辛辣な批評である。この人も随分と槍玉にあげられたものだ。いつも毎回、定期的に、「いけにえ」がマスコミに差し出され、バッシングの集中砲火をあびせる。

コムソンの折口会長の著書は読んだことがある。どうしたきっかけで読んだか忘れてしまった。雑読派だから。その著書の中で、商売で肝要なのは「センターピン」をはずさないこと、という表現が記憶に残っている。ディスコはとにかくにぎわいをもたせることこそセンターピン。人材派遣業として介護ビジネス参入は時代を先取りするセンターピン。わたしは介護にも商売っけがあってもいっこうにかまわないと思うが、その著書を読めば明白なように、あの商売っ気の塊のような人物に、マスコミの質問者は「あなたがおいっしゃるそのセンターピンとやらは」という聞き方をなぜだれもしなかのか、と思った(ニュース、ワイドショーでそのした聞き方をした人がいたかもしれないが)。

6月02日(土曜)

久しぶりの更新。
2 週間ばかりパソコン・サーバーの移行で更新ができなくなっていたということもあったが、何といっても今年から旅行総合サイトへの出稿を始めたので、自分の方の更新がおろそかになっている。

今週月曜は、松岡利勝農水大臣の自殺は驚きだった。
昨年、彼が地元熊本の繁華街を歩いているのを偶然に見かけたことがあった。スーツ姿でひとりだった。
<テレビで見かけると同じで、相変わらずふてぶてしいなあ>
ご本人をまったく知っているわけでなないが、そう思った。

「まったく知らない」と書いたが、間接的には少し知っている。そして、その接点は、わたしにとって、いまでも思い出すと胸が痛む、恥じ入る出来事だった。
別に、あの政治家がもっていたとされるダーティーな面にくみしたとかいうような物騒な話ではない。おのれ自身の屈辱だ。

彼の代議士初当選は 90 年 2 月。わたしの亡き父は、ギャンブル、地元の祭り、それから選挙が大好きだった。選挙前となると、ひいきの候補者の選挙事務所に入り浸っているのが常だった。その時は彼を支持していた。いつものように熱心に。
一方、わたしはその年の春から長旅に出た。前年には母が胃癌の摘出手術をしており、本当ならば長旅を慎むべき状況だっただろうが、若かったわたしには、「いましかない。いましか…」と、周囲の反対を振り切って飛び出した。
数ヵ月後、母の様態が悪化。旅先から連絡をあまりよこさなかった放蕩のバカ息子に、なんとか連絡を取りたかった父は、松岡代議士を頼った。わたしが手紙を書いた際、末文に「ネパールのカトマンズ ○○○○カフェにて記す」との記載をたよりに、現地駐在の外務省の職員がそこへ出向いたりして探したそうだ。探しに行った外務省の職員もいい迷惑だ。「人騒がせなこのバカが…」とつぶやいたことだろう。

わたしが連絡を家族に電話を入れたのは母の葬儀から 4 日後。急遽、帰国してからは、外出はせず家に引きこもっていた。
そうした時、松岡代議士の秘書が自宅を訪れた。若い人だったと思う。姿は見ていない。声でそう思った。
いまでもはっきりと憶えている。秘書は父にこう言った。
「ぼっちゃんが戻られてよかったですね」
もちろん、秘書にしてみれば支持者への、いわば接客用語である。腹の中では当然、「このバカ息子が…」と思っていたはずである。普通ならば、骨を折ってもらい、迷惑もかけたのだから、わたしはその秘書にお侘びとお礼を言わねばならぬところだ。しかし、どの面さげて、との恥じ入る思いで、別の部屋でちぢこまっていた。
松岡代議士のまつわる苦い苦い思い出だ。

本の方は、船戸与一の『風の払暁』、『事変の夜』の 2 冊をようやく読了。基本的に小説は読まないのだが、船戸与一が満洲をテーマとしたものあらば、手に取らないわけにはいかない。この 2 冊の本は『満州国演義』シリーズとしてあと 6 冊出版予定だという。楽しみである。
『貧困の光景』(曽野綾子著)もあわせて読了。曽野作品は初めてだった。よい意味で作者の印象が百八十度変わった。
今日から『座右の名文』(高島俊男著)。「言葉の剣豪」高島先生(フリーのエッセイストだが敬愛をこめて)の最新刊。少し拾い読みしたが、あいかわらず面白い。

4月28日(土曜)

今日からGW連休がスタート。例年だとわたしも今頃は海外に出かけているところだが、今年はその限りではない。GW連休とわたしの旅は相性がよく、数えてみたらGW連休の時には昨年まで18年連続で海外へ出ていた。20年連続ならず(苦笑)。
今年は連休の後半に温泉宿(湯治宿)に2泊する程度だ。連休中には、『国家と神とマルクス』(佐藤優)、『インドカレー伝』( リジー・コリンガム)とかを読むのが楽しみである。

3月31日(土曜)

今週から昼休みに散歩にでることにした。それまでは、銀行などへ所用で出かけるか、忙しい時にはそのまま仕事を続けることが多かった。
旅行の手配の仕事は、時間集約型の労働であるがために、ややもすればいつも時間に追われることになる。そんな日常で、昼休みをきちっととり、「無益」な時間を挟む。こうした方がメリハリがきくというものだ。早く気がつけばよかった。春の到来に誘われたということもあるが、星野博美さんの最新刊の写文集『迷子の時間』を読んでいるうちに、わたしも彼女のように散歩をしたくなった。

今日の昼休みは、コーヒーのフィルターが切れたので、それを買いにスーパーへ行く。直線的に行ったら面白くないので、遠回りすることにした。仕事中は、商売も、時間も、経費的なこともすべてが、効率優先になるなかで、こうした回り道をするという発想、非効率な時間を挟むことに、新鮮な発見があった。
まず桜の咲き具合を見るために川沿いの桜のある所へ。桜の木の下では、二組のグループが花見をしていた。もうすぐ満開というところだろうか。河川沿いを早足でぐいぐい進む。ここなら、統一地方選挙の選挙カーの大声でのがなりたてを聞かずにすむ。
次に一昨日の疑問への確認に向かう。「○○○○ドリンク専門店」という店を目にした。店に帰って検索で調べようとしたが、「○○○○」のカタカナ4文字を失念。どうせ散歩のついでなので、今日、再確認すると「タピオカ」だった。ちなみに一昨日、名称を忘れてしまった後、わたしが推量を加えて導き出した名称は「カオピカ」だった。ジュース専門店ならば、飲み物自体にかなりの高付加価値をつけねばならない。「美容」によいジュース。顔がピカピカとなるジュース。略して「カオピカ」だ(笑)。
遠回りして、スーパーへ行ってみると、そこはマンション建設中。もう随分と以前にスーパーはなくっていたのだ。その大通りは何度となく、バイクで通り過ぎていたにもかかわらず、スーパーがなくったことに気がつかなかった。

意識しないものは、見えない。
おおー、旅の真髄と重なるではないか。

マンション建設中を見た後は、散歩の帰りがけ、他のマンション建設中が目に付く。わたしの店の周辺は、ほんとマンションの建設中が多い。店の駐車場裏もマンション建設中だ。

3月03日(土曜)

花粉症に悩まされて以来、どうもこの季節はおっくうとなった。
自転車通勤も控えているので、運動不足にもなりがちだ。本来ならば、今日のような快晴の日には自転車がもってこいなのだが。

わたしは通勤には自転車と原付バイクを併用しているのだが、その原付バイクがもうすぐ走行距離7万キロに迫ろうとしている。購入したのは、90年春だから、もう17年にもなる。パン屋さんが配達目的で購入したが、まったく乗らないといので低価格にて譲り受けた。ホンダのスーパー・カブだ。当時、ホンダのスーパー・カブといえば、ベトナムでは憧れの乗り物で、庶民の年収の数年分の価格だった。彼の地を訪問していたわたしは、「これで俺もホンダ・ガールならぬ、ホンダ・ボーイだな」とほくそ笑んだものだ。
爾来、17年余。途中、2年間はまったく乗らない、ほったらかしの時期があったにもかかわらず、よくぞここまで長持ちしている。もうすでに修理代は、新車のそれが買えるくらいかけたことだろう。愛着があるから、それでも乗り続けたい。地球2周ぶんとなる8万キロまでは少なくとも乗りたい。年間3,4千キロくらいしか走行しないので、あと3年程度はかかるけれども。

もともと、わたしの思考では(思考というよりも考え方の癖というか)、四輪車での通勤などもったいなくてしょうがない。何がもったいないかといえば、四人ぶんの空間を一人で占有することを毎日繰り返すことがだ。化石燃料の消費とかの経済コストやエコロジカルな認識からの「もったいない。不経済だ」というよりも、その空間がもったいないと思う。
日常生活でわたしもけっこう無駄使いをする方なのだが(酒や本の無駄とも思える浪費とか)、四輪車の通勤は空間の無駄に思えてしかたがない。
ひとそれぞれ、無駄だと思うことは個人差があるものだ。わたしの場合は、 四輪車の空いた空間だ。アジアでの旅で乗り合いの公共交通機関ばかりを利用してきたし、たいてい混み合っていたのを経験してきたからなのかもしれない。

2月17日(土曜)

相変わらず今年に入って、更新ができない日が続いている。インプットを蓄積して、じっくり書ける時に更新すればよい、いや、アウトプットを繰り返すことでインプットも充実するのだ。後者の方が正しいのであろうが、これが難しいものだ。更新がなかなかできない今だからこそ実感する。
コラムニストの勝谷誠彦さんは、あれだけテレビに出て、雑誌の連載をこなしながら、1日も欠かさずブログ(今年から有料になったようだが)を更新している。以前に、あのジャーナリスティックな内容のブログを10分程度で書き上げ、朝のラジオ体操のようなもの、と書いていた。いったいどういう頭をしているのか。それにキーボードを叩くのがおそろしく速いのだろう。

閑話休題。
この冬、ユニクロで買った部屋着の上着が気に入っている。値段は失念したが2千円しなかったはずだ。わたしはもともと体育会系なので(笑)、部屋着はたいていナイキやミズノなどのスポーツウェアーが多い。スポーツウェアーと素材については比較したらいけないが、縫製などの品質はユニクロの方が数段よい。値段もリーズナブルだ。ユニクロ、畏るべし。
もともとユニクロがフリース・ブームでブレークした時、柳井正社長が「全国民にユニクロを着せる」と豪語したのを知り、<俺は絶対に着らんぞ>と誓った。あまのじゃくだから。
それが遅ればせながら、買ってみるとその品質に驚いた次第だ。まあ、着るのならば、読まねばなるまい、と『 一勝九敗 』(柳井正著)を手にしてみた。巻末には社訓の掲載がある。社長自身が率先垂範する、自分にも他人にも厳しい方なのだろうと思った。あの情熱が品質に直結しているのだな。
いまから思うと、ユニクロが海外展開しているロンドンと上海で、わたしは偶然であるが店舗を訪れている。『 一勝九敗 』にはその2都市への出店のエピソードも語られており、なかなか興味深かった。

2月03日(土曜)

引き続き少々、多忙。

といいながらも、平日に午後7時前には店を出るのだから、世間一般からみれば、たいしたことではない。
昨日、購入した立花隆さんの新刊『ぼくの血となり肉となった五〇〇冊そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊』を読むため、今日もとっとと閉店しよう。この本は立花ファンにとっては、たまらない内容だ。わたしは学生の時、『文明の逆説』を読んで以来、20年以上前からのファンだ。 PM4:51

1月20日(土曜)

今年、初めての更新。
最近、多忙にてなかなか更新ができないでいる。
今年の仕事始めは1月4日からだった。世間的に言えば、普通のことだが、わたしはそんな早くから仕事をしたのは創業した時の12年前以来のことで、久しぶりに早くから仕事をした。
年始はたいていどこかへ行っており、1月の10日前後からの仕事初めだった。そうした意味では、ちょっとも物足りない正月休みであった。
元旦の日は、熊本駅へ。恒例の新聞各紙買い。讀賣、日経、熊日の三部を購入。以前みたいに全紙を買うことはなくなった。
95年の元旦、讀賣が松本サリン事件をオウムがやったことを示唆した超スクープ記事を掲載して以来、元旦の朝刊には、なにかまたスクープが載りはしないかと期待するのだが、毎年、たいした記事は一面を飾っていない。まあ、元旦、新聞各紙買いは、わたしにとっての宝くじ、もしくは初詣のおみくじ買いと思って続けるつもりだが。
そういえば、数年前の元旦は、原付バイクで熊本駅へ行き、新聞全紙を買い、レジ袋にどっさりと入れてもらい、その足で映画館へ行ったら、館内の受付の人から怪訝な顔でみられた(笑)。
謹賀新年
今年もよろしくお願いします。

○昨年の旅にまつわる若干乃雑感(じゃっかんのざっかん)
1)昨年1月初旬は10年ぶりの上海へ。噂にたがわぬ変貌ぶりであった。高層ビルを仰ぎ見た。

2) 昨春、訪れたスリランカ。たまに手紙などで 交流のある一人の少年のもとへ会いに行く。列車と車で1日半。遠かった。 「アジアで最も美しい車窓」 との評判は、確かに偽りではなかった(写真ではイマイチだが、苦笑)。

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3)印象深い旅本は『 旅の極意、人生の極意 』(大前研一著)。旅行ガイドでもオオマエ節が大炸裂。古典となるが『 セイロン島誌 』( ロバート・ノックス 著、東洋文庫)。「ガリバー漂流記」、「インディー・ジョーンズ」などの原型はここにあった。本書の第4部「虜人20年のいきさつと脱出」の章は、衝撃を受けた。 関連本としては『 フラット化する世界 』(トーマス・フリードマン著)かな。