「武士の家計簿 加賀藩御算用者の幕末維新」
著作者 磯田道史 新潮新書 680円

家計簿から見える武家の暮らし

発掘ノンフィクションというものがある。歴史に埋もれた、あるいは衆目の届かない物事を掘り起こし、照射して作品化していく。一見、無価値と思えるものを書き手 の目利き、論考、検証により価値あるものへと変えていくことに発掘ノンフィクショ ンの醍醐味がある。なおかつ、歴史的な発掘ノンフィクションの場合、そのテーマが どう現代と結びついているかが重要だ。
この「武士の家計簿」は、日本社会経済史を専攻する若手学者が書いた専門分野の いわば学術書である。新書によくある学術分野の入門書タイプだ。しかしながら、この著作は、学術入門書という領域に留まらず、正当なる歴史発掘ノンフィクションになりえている。なおかつ掛け値なしに面白い。
話は著者が江戸時代末期、金沢藩士の武家文書にあった武士の家計簿を入手したことから始まる。藩の経理係を代々勤めた下級武士・猪山家が書き残した家計簿を丹念に読み解くことにより、当時の武家の暮らしぶりをあぶり出していく。それだけでも面白い。武家の家計の構造に細かく言及。結婚、出産、教育、葬儀の費用、あるいは親戚づきあいの経費、借金の利率など、武家の暮らしぶりが見える。
この本のテーマはそれだけでない。精巧な家計簿を残した下級武士は、「すでに幕末から明治・大正の時点で、金融破綻、地価下落、リストラ、教育問題、利権と収賄、報道被害・・・など、現在の我々が直面しているような問題をすべて経験していた」。
著者はあとがきにこう書く。「ある一つの社会経済体制が大きく崩壊するとき、人々はどのように生きるのか、というボールを過去に投げた。いうまでもなく、バブル崩壊、官僚制の失敗、家計の不安、といった『いま』からの投球である」。
私が印象に残ったのは、この猪山家の徹底した借金返済の模様である。家族全員が所持品を売り払って借金を返す。「不退転の決意」で挑んだ結果、「利払いの圧迫から解放され、破産の淵からよみがえった」。日本経済もいつかは不退転の決意で国民総出で資産を売り払い国の借金返済に挑む必要があるのか。その時には徹底してやるがよい!この武士の家計簿は黙して語る。歴史が「いま」へ投げ返した示唆に富む返答のような気がする。
(03年7月記)