ベトナムから来たもう一人のラストエンペラー
著者 森 達也  角川書店 1700円

近代史から今の世相への逆照射

著者はオウム真理教の信者の日常を描いた映画「A」で注目されたドキュメンタリー映画監督だ。この「A」について著者は言う。「オウムにも警察にもマスメディアにも、とにかくほとんどの日本人に共通するメンタリティーがあります。共同体に帰属することで、思考や他者に対しての想像力を停止してしまうことです」(「A マスコミが報道しなかったオウムの素顔」(角川文庫)。
映像ドキュメンタリー制作を生業とする森達也の著作は、放送禁止歌、かつてテレビで一世を風靡したスプーン曲げ少年、と映像と活字の双方で表現し、しかも切り口はどれも斬新である。想像力を停止してしまうことの危うさについて、作品を通じて一環して訴えている。その著者が新に取り上げたテーマは、ベトナム・グェン王朝最後の王位継承者クォン・デの生涯を辿った歴史ものである。タイトルから想像できるように中国のラストエンペラー溥儀と同様に、ベトナムのラストエンペラーも欧米列強のアジア諸国への植民地化とその独立運動という近代史に翻弄された。そして、同じく日本に庇護を求め、日本軍部は巧みにその存在の利用を企てる。ベトナムのラストエンペラーは日本に長逗留したまま半世紀ほど前に客死した。私にも興味を引かれる題材だが、著者のこれまで扱ってきたテーマとは一見、趣が異なる。関連なさそうに見えるところだが、その関わり合う背景は物語の助走の段階できっちりと語られている。
「善と悪との二分法で対置することに僕は絶対に抗いたい。(中略)帰属する組織や団体が暴走するとき、構成員であるひとりひとりが信じられないくらいに残虐になる瞬間が確かにある。他者への想像力が停止するからだ」
ベトナムのラストエンペラーを機軸に日本が戦争へと邁進したきな臭い時代を描くうえにおいても、著者は他者への想像力の欠如を指摘した。オウムを通して現代を見つめたドキュメンタリストらしい、近代史から今の世相への逆照射のようだ。
(03年9月記)