Route88 四国遍路青春巡礼
著者 小林キユウ 河出書房新社   1700円

遍路地の若者たちの群像

私事ながら四国遍路の旅の準備をしており、それに関する本をいろいろと読んでい
る。歩き遍路の旅は老後の楽しみにとっておくつもりであったが、もう待ちきれない。
一度に88カ所は無理なので、「区切り打ち」といって、数回に分けて一周するやり
方を取る。四国遍路は、世界的にも希有な巡礼地だ。唯一の円環型巡礼地となるそう
だ。普通は、巡礼地まで真っ直ぐ。巡礼者は聖地に向けて一直線に向かう。エルサレ
ム、メッカ、ベナレス、ラサ、バチカン・・・・。聖地の定義のひとつに「聖地は1
ミリたりとも動かない」というのがあり、聖地は「核」であり、巡礼は「点」と「線」
の世界だ。一方、四国遍路の円環型巡礼は、終わりがないというか、88番寺で結願
(けちがん)しても、「俺はまだ納得できない、歩きたい」と思えば、また1番寺か
ら廻ればよい、ということになる。「逆打ち」といって反対方向にも廻れる。とにか
く、ぐるぐる、ぐるぐる、と。
前置きが随分と長くなった(いつものことか)。本書は四国遍路をする若者たちに、
なぜお遍路をしているのか、をインタビューした写文集。遍路地の風景を背景に若者
たち一人ひとりのポートレート。その写真の若者へのインタビュー。遍路旅を始めた
きっかけやその感想が語り言葉で綴られる。加えて著者の十編のエッセイで構成。著
者はそうした若者に接して「(四国遍路は)千二百年の歴史を持つシステムを、若者
一人ひとりが自分なりに解釈し、「苦」ではない別の地点から出発している姿はすが
すがしく映った」と感想を述べる。
もともと著者は写真家で、アジアを旅する若者の姿を写真とインタビューで表現し
た「アジアン・ジャパニーズ」で一躍注目された。本書は「アジアン・ジャパニーズ」
の四国遍路版と言えなくもない。「アジアン」は著者自身もひとりのアジアを旅する
者として、自分自身もその渦中にいた。今度の作品は、「結局、オレは傍観者なのだ」
とあくまでも遍路を旅する若者を取材対象者として、距離を置く。著者はどの作品で
も対象との距離感をきちっと明示する。それを感心するくらい正直に書き込む。
写真も文章も上質である。惜しむらくは、短期取材でなく、もっと時間をかけてこ
の本を上梓してもらいたかった。それに値するテーマだと思う。
ところで、「小林紀晴」は時々、「小林キユウ」のペンネームを使う理由は何なの
だろう?
(03年12月記)

注)この書評を読んだ知人から下記のような指摘を受けました。
「書評楽しく読ませてもらいました。アサヒカメラで読んだと思うのです
が、小林キユウは紀晴の双子の兄で確か彼も写真を撮っていると思います。 」

私がものすごい勘違いをしていた模様です。しかしながら、初歩的なミスをしてしまった、これも私のいまの身の丈。そのまま「恥」を残しておきます。