無境界の人
著者 森巣博   集英社文庫   590円

ギャンブラーが日本人特有論を喝破する

著者はオーストラリア在住のカシノ・ギャンブルを生業とする「常打(じょうう)
ち賭人」である。その道25年という。著者の経歴も型破りなら、本の内容も同じく
型破りである。この本はノンフィクションの枠には収まりきれない。小説仕立てのギャ
ンブル本。「無帰属の志」を持った著者があまたとある「日本人特有論」を喝破して
いく日本人論としての評論集。その二つを縦軸と横軸とに話が展開していく。しかも
それだけでなく、唐突にヒトの雌(メス)の乳房は尻の代替なのであるという「乳房
尻代替論」などの挿入があり、縦横無尽、変幻自在に語られる。硬軟織り交ぜた語り
口は軽妙洒脱にして魔術的ですらある。
私はギャンブルをまったくといっていいほどしたことがないが(父はギャンブル中
毒だったが)、活字ギャンブルというかギャンブル世界を描いた本は好きである。特
に色川武大の『うらおもて人生録』は数回読み直したほどお気に入りだった。長年の
ギャンブル体験に裏打ちされた著者の生き方、発言は重厚で説得力があった。森巣博
の著作もそうだ。なかでも下記の文章が最も印象深い。
「「心配り」とは、「単一民族」で「以心伝心」が可能な日本人の特性なのか?現
実を否定しないで欲しい」と問い、自身の身近な実例を紹介しながら、日本人特有論
の虚構性を衝く。そして、こう結ぶ。
「体験は個のレヴェルで解体し、検証せよ。そして、脱構築して再生させよ」と。
なお、『ナショナリズムの克服』(集英社新書、姜尚中/森巣博共著)との併読を
お勧めする。

(04年5月記)