戦場特派員
著者 橋田信介   実業之日本社   1300円

戦場にどんな花が咲いているのか

フリーランスの映像ジャーナリスト橋田信介がイラクで死去したことは、私にとっ
てたいへんショックだった。彼の著書『イラクの中心で、バカとさけぶ』と『馬の上
から花を見る』を読み、こんな人が戦争報道の現場いたんだと注目した矢先に、あの
事件が発生した。著作を通して出会ったばかりだが、私の胸中には、61歳でも最前
線の戦場に向かった老ジャーナリストがまんじりともせず居つづけた。そして、哀悼
の意をこめてこの『戦場特派員』を精読した。
『戦場特派員』は、ベトナム戦争、カンボジアの戦争、大韓航空機爆破事件、日本
人鉱山技師拉致事件などの現場レーポートである。著者の人柄が窺い知れるような、
力みのない、飄々とした記述である。「戦場にどんな花が咲いているのか、どんな虫
が生きているのか、(中略)私の戦場取材の動機はいつもシンプルである」。身銭を
きっての取材活動で、取材費の捻出もたいへんらしく、「戦場を歩くのにはお金がか
かる」。だからこそ「大メディアとは違うことをやらねばならない」。命の危険にさ
らされる戦場において、それでもフリーランスであるがゆえに取材費と格闘し、自分
の命と名声と、そして好奇心、これらのやり取りと駆け引きを戦場でなす。そこには
大手メディアが伝えない、世界の状況、現場体験が語られている。
『戦場特派員』のあとがきにこうある。「日本のヤワな平和論は信用できない」。
「すべての戦争は、多数の国民の了解なしには成立しない」。「戦争を擁立するのは、
われわれの社会の中にしぶとく生きている「得体の知れない何か」である」。「何人
かの読者が「何か」を察してくれればと念ずるのみである」。いまの私には正直、そ
の「何か」は明確に答えきれない。随分と、ハードな宿題を橋田さんから課された気
がする。
橋田さんにとって、自分はさておき甥の小川功太郎氏までも死去したことは無念
で仕方なかっただろう。けれども、下記のくだりを読んだときに、なにかほっとした。
「1988年、秋から冬にかけて私は会社を辞めることを決心した。動機は簡単だ。
秋の長い夜、天井を見ながら自分の半生を考えたのだ。今、自分は四五歳、炭坑夫の
息子として生まれ育った。(中略)好きな仕事も選べてやりたいだけやった。たくさ
んの誤りも犯したが、それはそれで仕方ない。一人の息子にも恵まれ家庭生活もまあ
まあだった。幸せだった。もう充分だ。残りの人生は付録のみたいなものだ。どうせ
付録なのだから、やりたいことにもう一度チャレンジしてみよう。(中略)以外にも
妻は賛成してくれた。」

(04年6月記)