ダッカへ帰る日
著者 駒村吉重   集英社   1600円

日本で働く不法入国外国人の物語

本書は「開高健ノンフィクション賞」受賞作品である。しかしながら、際だった社会性のあるテーマを扱ったものではない。構成力、描写力も発展途上にあることは私にでさえ分かる。
敢えて言えば新人作家の地味な作品だ。この本に強く興味を引かれたのは、私自身の個人的な体験による。
この作品は日本で働く不法入国外国人を描いたもので、バングラディシュ国籍のベンガル人兄弟が主人公である。
兄の方は10年以上、日本で不法滞在を続け、出稼ぎ労働を続けている。弟も日本で長く働き、職場を解雇、労働争議、逮捕、本国への強制送還と日本滞在中にいろんな災難に遭う。
私は以前、バングラディシュ旅行中にひとりの日本への出稼ぎ労働経験者と偶然知り合った。彼から聞いた日本滞在中の話が印象深かった。ただ、彼とは半日程度のつき合いだったので、ある程度のことしか理解できなかった。
一方、文筆業よりも肉体労働が本業になっている著者は、当初は
取材対象であったこの兄弟と濃密につき合い。その模様が詳細に描かれている。まる
で、私が彼の地で出会った「彼」から話の続きを聞いているかのように。
私の会った「彼」は日本に不法滞在中に日本人の女性と交際したが、結局は別れて、
祖国へ帰り、帰国の1カ月後に結婚した、という。この本に登場する「弟」は、強制
送還となりバングラディシュへ帰国した時に親の決めた縁談で結婚話が持ち上がる。
イスラム社会では別に珍しいことではなく、それはまっとうな習慣であるが、日本に
長く生活した「弟」にとっては、一度も会っていない女性と結婚することはおかしい
との意識があり、かたくなにそれを拒む。それでも父親、親族から結婚を強いられて
しまう。「おれはいま、半分日本人なの」。長い日本滞在が「弟」を「郷里を見失っ
たベンガル人」とさせた。
後半は著者がバングラディシュに飛び、帰国後の出稼ぎ労働者のその後を取材して
いる。帰還した彼らを待ち受けるのは、就職難と開業の困難さだ。結局、また外国へ
出るか、一族の中から若者が新たな出稼ぎ者として外国へと向かうことになる。
「大家族がもたれ合って暮らすのが幸福だったのは、豊かな大地の恵みで自給自足
できた半世紀以上も前のことだ。いまの時代、大家族性はだれかの人生を順ぐり生け
贄にしてしか、成り立たなくなってしまった」
私が旅先で出会った「彼」の背景には、これほどの大きな問題、矛盾があったのか
とため息がでた。

(04年8月記)