2009年度のBlogです

12月12日(土曜)

新刊の『「地球の歩き方」の歩き方』(山口さやか、山口誠共著)について。
海外旅行ガイドブック「地球の歩き方」が今年、創刊30周年にあたるのを記念して、このガイドブックの創刊のいきさつから現在までを丹念に追った記録である。
日本の個人旅行「史」と「地球の歩き方」はぴたりと重なるわけで、旅行に携わっているわが身としてはたいへん興味深く読んだ。この本によると、「個人旅行」という言葉自体を使い始めたのもこのガイドブックだったとある。
わたしが海外旅行をするようになった時には、すでに「地球の歩き方」シリーズは刊行されていた。旅が短期の場合はこのガイドブックを持参、長期の場合は他のものも含めてガイドブックの類は持っていかなかった。旅の座右の書ではなかった。ヨーロッパを1カ月以上かけて回った時には「地球の歩き方」があればよかったなあ、と帰国してから思ったが。

コア旅行者の高年齢化も含めて海外旅行もダウンサイズィングしてきている。それは日常の作業でひしひしと感じることだ。そうした状況のなかではるが、「地球の歩き方」の創刊メンバーはこう苦言を呈している。
「旅行業界が価格競争に明け暮れて、旅心をくすぐるという、旅の出発点を置き去りにしてきたように思います。(中略)旅の魅力を自らの言葉で語り、そえを伝えることを続けなければ、海外旅行もガイドブックも、先へ進めない」(291ページ)

12月05日(土曜)

作家・ジャーナリストの日垣隆さんの新刊(編著)『戦場取材では食えなかったけれど』を読了。
戦場ジャーナリストの加藤健二郎さんの近況がわかり、はやり彼のエピソードがいちばんおもしろかった。彼は軍事マニアで、戦場取材中でのナンパを芸風にしていたが、その突き抜けた明るさが魅力たっぷりだった。現在はバクパイプ演奏を生活の糧としているという。
日垣さんも次のように述べている。
「どうしてこれだけの体験と知識と文章力を持った人が、専門ジャーナリストを続けることを断念しなければならなかったのか」(193ページ)
ここにある「体験」とは戦場体験、「知識」とはオタク化しているが深い軍事知識、「文章力」とは戦場で身を張ってでも読者を楽しませるエンターテイナー的筆致を指してのことだ。
この著書のタイトル『戦場取材では食えなかったけれど』の「戦場取材」を自分の身に置き換えて表現すると思念が深まるのではないか。さしずめ、わたしの場合は、「旅することでは…」、や「本を読むことでは…」、となるだろうか。まあ、それで食えるわけないのだが(苦笑)。「旅」も「読書」も、他と同様にそれを編集、加工、付加価値をつけて商売になるのだから。また、わたしが学生時代の大半を労した「野球では…」、「格闘技では…」。こちらは才能の問題か。

今週、一気に読み上げた『冬の喝采』(黒木亮著)。三度の読了。この本は「自伝的小説」とあるが、わたしは完全な自伝、ノンフィクションだと思う。元銀行マンの小説家だからそうした表現になったのだろう。彼が小説で描くのは、世界各地を舞台とする国際経済分野。わたしの好みの範囲とはまったく重ならないのだが、なぜかわたしは「黒木亮」の生き様に強く興味を持つ。
黒木亮さんは学生時代の大半を長距離走に費やした。「××では食えなかったけれども」になぞえれば、黒木さんの場合は「マラソンでは…」となるだろうか。本の中でも「やはり自分は瀬古にはなれないなあ」(462ページ)とある。その後は、マラソンでは食えなかったけれども、都銀に就職して、国際金融マンになりロンドンに住み、その経験を生かし、経済小説家で食っている、といことになるのだろう。

11月28日(土曜)

先週日曜は今季2度目のフルマラソンに出場。  雨天の中での走行は難儀だった。「マラソンは30キロを過ぎてから」という箴言を今回も実感した。33キロを過ぎたあたりから膝回りが痛み出して、ペースダウンとなった。
今週、マラソン本で読んだのが『いつでも夢を 52日連続フルマラソン世界記録達成』(楠田 昭徳著)。この本はサブタイトルにあるように、65歳の男性が52日間連続でフルマラソンを走り、ギネス公認の世界記録を達成した話である。  以前、わたしはこの本を新聞書評(もしくは広告だったかも)でちらっと見た記憶があった。その時にひとつ誤解をした。「52日連続」を「52週」と勘違いしたのだ。日本各地で開催される週末のマラソン大会に52週連続で出場、完走した、と。そして、毎週フルマラソンが52週も連続で開催されるものなのか、という驚きと疑念。そこで留め置かれていた。実際にはこの壮年ランナーは、いつも走る湖の周りのランニングコースを約45週することでフルマラソンの距離を走り、最後の世界記録となる52日目を「東京マラソン」出場に充てる。その52日間の家族をはじめとする周囲の協力の度合いの甚大さは、本著の記述から十分に読み取れる。
このマラソン物語でぐっと引きつけられたのは、52日間中もガソリンスタンドでのアルバイト勤務を継続したところだ。働きながら日々フルマラソンの距離を走った。日常のリズムを崩さずにその方がよかった、という。

来週もマラソン本をもう一冊予定。昨年冬に刊行された『冬の喝采』(黒木亮著)。発刊されてすぐに2度読んだ。1度目は感読。続けざまに2度目を惜読。そして1年がたち愛読したくなった。

わたしがいま最も惹かれる書き手は松岡正剛さんである。今日、『誰も知らない世界と日本のまちがい』を精読し終えた。縦横無尽の思考という表現がぴったりだ。それにしても松岡正剛さんは1944年生まれ。わたしは44年生まれの作家によく惹かれる。藤原新也、宮内勝典、逸見庸、船戸与一はみな44年生まれだ。

11月14日(土曜)

『ルポ資源大陸アフリカ―暴力が結ぶ貧困と繁栄』 (白戸圭一著)の最後の取材対象国であるソマリアの章をちょうど読み終えた時に、インターネットでソマリアの関するニュースが目に入った。
「ソマリアの海賊は現在、少なくとも13隻の船舶を乗っ取り、230人以上の人質を取っている」[モガディシオ 11日 ロイター]
やはりあの国は無政府状態が続いているのだなあ。
「失敗国」という言葉というか表現を知ったのは、アフリカ報道の第一人者である松本仁一さん(元朝日新聞記者)の著書『カラシニコフ』だった。その本でも記述があったと思うが、ソマリアは東西冷戦構造時に地政学的に需要な場所であったため、旧ソ連がカラシニコフを含め大量の武器をかの国に供給したとされている。冷戦以降も延々と内戦が続き、「失敗国」から抜け出せないでいる。
『資源大陸アフリカ』を読んでみると、「失敗国」というより、もはや国家はなくて、暴力だけが発露した無法地帯になっている。
同著でソマリアの信号機について記述がある。
「単なる貧しい国では見ることのできない光景だった。どんなに貧しくとも、一応は政府が存在している国では、首都の大統領官邸周辺の信号機くらいはちゃんと稼働しているものだ。モガディシオ市街地の信号機が稼働していない光景は、無政府国家の日常とはいかなるものかを端的に表しているように思えた」(268ページ)
「失敗国」を通り越した無法地帯があるのだから、海路の要所たるソマリア沖のアデン海を通る船員はたまったものではない。派兵される日本の自衛官もたいへんである。なにより、国家崩壊に暮らすソマリア人はたまったものではなかろう。

『資源大陸アフリカ』は今年読んだ旅本としては最高のインパクトだ。
なにしろソマリア、スーダン、ナイジェリア、コンゴなど旅行者が行けない国(いまのソマリアにはバックパッカーはいないであろう)をアフリカ大好きの新聞記者が体を張ってルポしてきた記録なのだから。

11月07日(土曜)

今週はなんといってもメジャーリーグ「ワールド・シリーズ」での松井の大活躍。ここ数年の怪我、故障による出場激減のうっぷんをはらすようなものだった。
松井が巨人入団1年目の宮崎キャンプを観に行ったことがあるが、当時彼は18歳にしてボールを遠くに飛ばすことにかけてはすでに群を抜いていた。一流打者になる資質は十分にうかがい知れた。一方、今回の活躍は、長距離砲としての資質を全面に披露したというよりも、彼が常日頃から重視する「我慢」、「忍耐」、「平常心」というような精神的安定感が表舞台で一気に発露したもののように感じた。
いちファンとしては、来季からは常時出場できるチームでプレイしてもらいたい。巨人からヤンキースとそんな金満球団所属だけでは、松井の精神性とマッチしない。

『ルポ資源大陸アフリカ―暴力が結ぶ貧困と繁栄』 (白戸圭一著)を読む。
いまは3分の2程度まで読み終えたところ。著者は昨年までヨハネスブルグ特派員を務めていた毎日新聞の現役記者。数年前にアフリカをテーマとした『絵はがきにされた少年』で開口健ノンフィクション賞を受賞した藤原章生さんも毎日新聞の元ヨハネスブルグ特派員だった。毎日新聞はすごいなあ。
藤原章生さんの作品は文学的で埋もれた人々の物語を紡ぐ筆致。それに対して白戸圭一さんの今回の著書は、大学探検部出身らしいエネルギッシュな行動力と大学院でアフリカの政治研究を専攻したくらいのアフリカ好きの心身両面がうまく融合した硬派な本格ルポ。
再度、毎日新聞はすごいなあ。こんな書き手を次々に輩出するなんて。

10月24日(土曜)

一昨日の新聞に自転車で世界旅行した人の人物紹介記事があった。
11年間で15万キロを走破したというのがからすごい。その距離もさることながら(いや走行距離はさておき)、その継続年数だ。よくもまあ10年以上もペダルを漕ぎながら旅を続けたものだ。わたしの中では、3年の旅は想像の射程圏内に入るが、10年とかは完全にその範囲を超えている。

『旅を書く ベスト・トラベル・エッセイ』(監訳:池 央耿)をインターネットにて購入。この本の中に掲載されているインド出身の作家アミタヴ・ゴーシュの若き時の旅のエッセイを読んでみたくなったからだ。
英オックスフォード大学で歴史学と社会人類学を学んだ20代前半のゴーシュは、エジプトの田舎へフィールドワークに赴く。「イマームとインド人」(1986年発表)というエッセイはその当時の模様を書いた掌編である。
現地の人たち(イスラム教徒)から、お前の国(インド)は、遺体を焼くんだって、とか牛を崇めるだってな、などインド(ヒンドゥー教)の風習についてさんざんからかわれる。
大きな文化の違いに現地の人は驚く。こんな表現にて。
「驚きのあまり血の気のうせた顔で、彼女は私につめよった。「じゃあ、あっちにも昼と夜とがあるの?」「いい加減にしろ」ハーメスがさえぎった。「もちろんあるわけないさ。向こうでは一日中昼なんだ。知らなかったのか?わざとそうしているんだ。ランプ代がいらないからね」みんな一斉に笑った」
その後、イマーム(イスラム教の導師)との口論の描写へと続く。ここに隠喩されるイスラムとヒンドゥーの対立。そして、共通する旧宗主国、西洋の存在。
村の古老であるイマームは、「こっちの銃や爆弾の方がずっと優れているんだ。西洋以外では一番だぞ」。若きゴーシュは言い返す。「僕の国には核爆発だって起こせるたんだ。あんたたちは百年たっても太刀打ちできっこない」と。
「こうしてイマームと私は、没落したふたつの文明の代表者は、西洋の生んだ暴力をわがものとする権利をめぐって、鍔迫りあいを演ずるに至ったのである」
ゴーシュは西洋の最高峰で学び、その後、在米の大学教授となり、英語で書く小説も称賛される。現在もアメリカ・ニューヨーク在住らしい。ヤフーの創業者のひとりであるインド人と同様に、いわばインド人の立身出世者、成功者であるゴーシュは、この若き日のエッセイで「西洋で意味するものは科学と戦車と銃と爆弾だけ」、「私は西洋人に対する狂おしい嫉妬に駆られた」と書く。この二律背反。
ゴーシュの後の表現活動の原点を見た思いだった。

10月17日(土曜)

先週日曜はフルマラソンに初めて挑戦した。
ここ半月の練習不足がたたり、目標にしていた4時間を切ることができなかった。前半は予定通りのペースだったが、最後の方はボロボロ。34キロの所からは歩いてしまった。「マラソンは30キロ過ぎてからが難しい」という何度も聞いたり、読んだりしたこの言葉をまさに身をもって経験した。

ジャーナリスト・作家の日垣隆さんは、近著のメルマガにて、「絶対お薦め本」コーナーで『走ることについて語るときに僕の語ること』(村上春樹著)を取り上げていた。
「ここ4カ月あまり、週5日のペースで私は走り始めてしまいました。」
「8人にこの本を勧めたところ、密かに4人が走り始めたのでした。ばかですね。でも愛すべき素直さと行動力です。」
と書いている。
わたしは村上春樹の小説はほとんど読んでいないが(今年は新刊『1Q84』もそうだが)、ノンフィクションの方はたいてい読んでおり(とりわけ『遠い太鼓』がお気に入り)、『走ることについて…』も読んでいた。確かにあの本を読んだら、「俺も走ろうかな」となる本だ。なにせ「世界の村上春樹」が走ることについてのワンテーマで一冊上梓した本なのだから。
わたしの場合は、俺も頑張って走り続けよう、と強く背中を押してくれた本は(その時には走り始めていた)、『冬の喝采』(黒木亮著)だった。国際経済をテーマにした小説を書きつづける黒木亮さんが自伝として箱根駅伝を描いたものだ。今年の春に北海道に行った時にジョギング・シューズを持参した(旅に持参したのは初めてだった)。早朝のジョギング中、幾度となく、黒木亮さんもむかしこの北海道の大地を走ったんだなあ、と思ったものだ。

10月03日(土曜)

毎日、整骨院に通っている。
日課のジョギングも中止している。
「だいぶよくなりましたよ。最初は(首の部分が)ガチガチでしたから」と担当医。
それほどの負荷をかけていたとは思いもよらなかった。自分の体に対しても鈍かった(苦笑)。
毎日、日の出前に起きて5分以内にページを開き、仕事はパソコン利用ばかり、あいまの休憩に本。風呂、トイレでも本。とうとう視神経が悲鳴をあげたようだ。

昨日、ロンドンのあとの次期オリンピック開催都市がリオデジャネイロに決定。
初の南米大陸での開催なので、それでよかったと思う反面、やはりスポーツ観戦好きのわたしとしては、もしかしたら東京が…、と期待していた。石原都知事の掲げた招致運動にはまったく賛成しない。ただ、いつかはスポーツの最高の祭典をスタジアムで観たい、との願望があり、東京ならば可能性がでてくると思った次第だ。

9月25日(金曜)

左肩を痛めて2週間近くになる。
当初は、寝違いかデスクワークによる肩こりの悪化だろうと思っていた。今までも同じ個所の肩こりの悪化は経験があるが(椅子のよいものに代えたこととランニング量を増やしたことでここ2年くらいは発症していなかったが)、今回は痛みが引かない。医者嫌いでめったなことでは病院へ行かないわたしも、たまらず整形外科医院で診てもらった。首の神経痛だとの診断。
困ったのは、パソコン操作とジョギング中にまだ痛みがあることとだ。今回のシルバー・ウィークは、来るべく来月のマラソン大会に向けての「走り込み強化週間」と目論んでいたのに。
いま同時並行で読んでいる『アメリカの小さな町』(トニー・パーカー著)と『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一著)の2冊は、ともに600ページを超えるドガベンのような本なので、これまた左肩にこたえる(苦笑)。
両著とも手にした切っ掛けは、休刊した『月刊現代』の後継誌『G2』がすこぶる面白かったからだ。オーラル・ヒストリアンのトニー・パーカーは、このノンフィクション誌に掲載がった沢木耕太郎翻訳で初めて知った。
『G2』掲載作品はどれもよかったが、夢中になって読んだのは、高山文彦さんの『リッダ! 奥平剛士の「愛と革命」』だった。わたしは連合赤軍、テルアビブ空港襲撃事件…これら一連のことは不案内もよいところだ。「奥平」を「おくだいら」と読むことさえ知らなかったくらいに。そんなわたしでも、このルポはすんなりと読めた。そして、著者の奥平への思いの熱さが(読み手には火傷するくらい熱きものが)、確かに伝わってきた。

8月29日(土曜)

今日までの今月の走行距離229キロ。先月に続き、2カ月連続の200キロの大台超え。当初は「たまにはスピード練習のタイムトライアルとかも…」などと思っていたが、わたしのランニング・スタイルはただ自分のペースで走り、後半に調子が良ければ、ペースアップする、という簡単なやり方に落ち着いた。

明日は衆院選の選挙日。オスロゲームのように、パタパタと目が変わるのだろうか。そして、その後、この国の次期総理はまたしても二世というか三世議員が就任するのか。安倍、福田、麻生に続き、たとえ政権交代があったとしても、これで四代続けて、父もしくは祖父が総理経験者ということが予想される。政治は家柄が跋扈するのか。おそらくたまたまなのだろう…と思いたいのだが。今週、手にしたのはマルクス解説本。さて、マルクスさんだったらどう考える?

8月22日(土曜)

いまはほとんどテレビを観ないので、世界陸上も男子短距離走をネットでちらっと観た程度だ。
それにしてもジャマイカのボルトのダントツ度はなんなのだ。他の選手を圧倒していた。世界大会の決勝レースであれほどダントツの力を見せるとは。ここにも格差問題が発生していた(苦笑)。こうしたダントツ者がでると、そのライバル達のレベルも上がり均質へと向かうから、この格差問題は良い方向へと向かう。この神から選ばれし者ボルトがライバルに追いついてきた時にどうなるか注目したいところである。

今週、印象に残った本は『甦る怪物(リヴィアタン)―私のマルクス ロシア篇』(佐藤優著)。著者の高校、大学生の青春期を描いた『私のマルクス』の続編。今回も興味深かった。特に「閉鎖核秘密都市出身の女子学生」の章。ソ連崩壊時の混乱がいかようのものであったか、モスクワ大学院生の才女が経済的な苦境のために外国人(トルコ人)の愛人に身をやつしたエピソードがドラマチックに描かれていた。

8月14日(金曜)

12日は親族の法事並びに初盆に出席。
お経とお説教(「他力」についての講釈)。
ご住職が帰られた後、ひとりが「本坊さんは、ますます笠智衆に似てこらしたごたる」。
「そぎゃんなあー、たしか甥になるとかね。こまかころ、笠智衆が寺に来とらすとば見たこつのある」。
今年、64歳になられたご住職は顔貌が笠智衆に似てきた。

昼休みに書店で『帰還せず 残留日本兵 六〇年目の証言』(新潮社文庫、青沼陽一郎著)を購入。新聞の新刊本広告で見て、買いたかった本だ。今日の郊外型書店では、文庫本の新刊ですら置いていない場合が多い。三度足を運んでやっとあった。
とはいえ、すぐに読むわけではない。いつか集中的に読もうと買い揃えているテーマの本だ。
きっかけはちょうど二十年前。初めて海外旅行に出たわたしは、滞在先のバンコクで目的もなしにそぞろ歩いていた。夜(そんな遅くない時間だったはずだ)バンコクの中央駅近くで、「ニホンジン、デスカ」とカタコトの日本語で中年男性から話しかけられた。警戒しながら、適当に話していると、心配しないように彼は自分の出自について語った。
「わたしのお父さんは日本人です。兵隊だったがそのままタイに残りました。お母さんは中国人です」
「わたしの名前は…」と言いながらわたしの持っていた手帳に「王福寿」と書いた(もう二十年前なので記憶が定かでない。メモも残していないので正確ではないが)。
話した時間は10分もなかっただろう。彼は単に日本人を見つけてちょっと声をかけただけだったようだ。
当時はどうして、タイに残留日本人兵がいるのか、そして中国人と結婚したのか、たいして考えもせずにそのまま過ぎて行った。
ただ、王福寿さん(タイの名前と日本の名前もある、といって教えてもらった記憶があるが完全に失念)のことがずっとひっかかっていた。
おそらくこういうことだと思う。彼の父である日本人兵はなんらかの事情で日本への帰還を拒否、タイに留まった。旧ビルマで除隊もしくは脱走した可能性も高い。そして、タイ北部、ミャンマー領との国境地帯に潜伏。中華系の多いあの地帯で現地の女性と知り合い結婚したのだろう。彼はタイのどこの出身かを尋ねた記憶はない。彼の両親はバンコクで出会い、バンコクで暮らしたわけではなかろう。あくまでも推測である。
いつかは調べてみたいと思いつつ、いつも関連する本の購入だけになっている。

8月08日(土曜)

1カ月以上、更新が途絶えていた。更新ができなかったほど忙しかったわけではない(苦笑)。
今朝も自宅から店までジョギング。約6キロ。といっても先月と同様に今夜、飲み会があるからだ。店までジョギングすることは非日常である。
先月の月間走行距離は220キロ。初めて200キロの大台にのる。走るのはもっぱら帰宅途中にある運動公園内を利用する。だいたい1日10キロを走り、帰宅して本を携帯して風呂場へ直行。わたしの大好きな井戸水の冷水シャワーと熱めの風呂を繰り返す。今週、風呂場へ持ち込んで少しずつ読んでいるのは、『レッドソックス・ネーションへようこそ』(李 啓充著)。風呂あがりはもちろんビールだ。この夏は「冷製 SAPPORO」が気に入っている。運動をしなかった日は、コクのあるサントリー「ストレート」を呑む。ビールの銘柄の移り変わりが激しいので、毎夏、いろいろ試飲してみて味比べをしないといけない。むかしは夏にはキリンのラガー、冬場はエビスを決まっていたのだが、いまや正規のビールは晩酌には料金が高く感じる(それほど値上がりしたわけではないのだが)。いまはエビスを呑むのは特別な日だけだ。

今年前半、印象に残った旅本。
1)「翻弄者」(藤原章生著)
2)「謎の1セント硬貨 真実は細部に宿るin USA」(向井万起男著)
3)「地球を歩く木を植える」(中渓宏一著)
4)「メモリークエスト」(高野秀行著)
5)「私の夫はマサイ戦士」(永松真紀著) ※この本は昨年出版

1)は新聞記者特派員の人物ルポであるし、2)はエッセイともいえるが、旅に通じる本としても十分に楽しめる。例えば、2)の著者は飛行機に乗るときには4時間くらい前から空港へ着き、どっかりと椅子に腰かけ、空港利用者をじっと観察するそうだ。それがとても面白いと。連れの向井千秋夫人(宇宙飛行士)は「そんなことで面白がるのはマキオちゃんだけよ」と笑うそうだ。

この中で最も印象深いのは3)だ。著者は高校生の時には単身でアメリカのサマーキャンプに参加、大学生の時にはアメリカ留学、就職は大手商社へ。その後、世界放浪へ。会社を辞めて旅立つものは決して少ないわけではないが、たいていへなるべく飛行機を使わない陸路移動だ。それが著者の場合は、自在に飛行機を使う。最初のニューヨークへ直行。キューバ、その後、ドミニカで家族と待ち合わせ「1年半ぶりの再会」、「ドミニカから南米のベネズエラへ飛び、ブラジルではアマゾン川を下って大西洋に出る」という具合だ。海外留学、海外赴任を経験した新世代の旅のやり方だと感じる。
でもこの著書のハイライトはそれから後だ。アフリカのジンバブエでポール・コールマンという木を植えることを提唱しながら世界中を歩き続けるアースウォーカーと出会う。
そしては、旅に飛行機を自在に駆使した旅人は、次のように変貌する。
「歩くこと。これはぼくのライフワークだ。そして「木を植えること」ということ。これもぼくのライフワークだ。このシンプルなふたつの行動を自分なりに追い求めて行く。(中略)これから歩いて木を植える人間として、七年目を迎える」

7月04日(土曜)

今朝は自宅から店までジョギング。約6キロ。今夜はアフリカのトーク&ライブ・イベントに行くので、普段、通勤に使うバイクは家に置いてきた。ちなみに先月の月間走行距離(ランニング、主に仕事帰り)は151キロ。4月が155キロ。5月が157キロ。今月は200キロの大台を狙うぞ!
さて、今夜のトーク&ライブの講演者は早川千晶さん。アフリカのケニア在住で、以前、バックパッカー向けの旅行雑誌『旅行人』が月刊だった時のレギュラー執筆者だった人だ。連載中はケニアからの便り「ナイロビのウワサ」を毎回、楽しみに読んでいた。昨日から予習として彼女の著作『アフリカ日和』を再読中である。もう8年くらい前だと記憶しているが、今回のようなイベントが大分の日田であったので泊まりがけ参加した。著作によると、早川さんは80年代後半のケニア、ナイロビにあった安宿「リバーハウス」(当時、アフリカを旅する日本人バックパッカーの間ではつとに有名だった宿)に投宿したことからアフリカとの結びつきが始まる。日田で行われたイベントもその「リバーハウス」の仲間だった人が主催した小さなイベントだった。今夜のイベントも「リバーハウス」住人だったわたしの知人が早川さんを熊本に招いて開催されるものだ。
ちなみに、91年の春、わたしがケニア、ナイロビに着き、早川さんと同じように、真っ先に「リバーハウス」に向かったのだが、その時には閉鎖された後だった。閉鎖のいきさつを知ったのはずいぶんと後になってからだ。

6月20日(土曜)

暑くなってくると、わたしの至福の時は水浴びだ。
我が家は井戸水なので水は冷たい。まだこの季節だと、運動をした後でないと、水浴びできないほど冷たい。わたしが小さい頃には飲料水としても大丈夫だったが、もう随分前から飲める水ではなくなった。しかし、こと水浴びとなると井戸水にかぎる。ジョギングの後、天日風呂のやや熱めのお湯と井戸水シャワーを交互に2回繰り返す(休日は3回)。で、もちろん風呂あがりはビールだ(笑)。
古代ローマ帝国での最高の贅沢は水をふんだんに、惜しげもなく使うことだったという。だからローマ帝国は治水に長けていた。また、イスラム国家でもイスラム様式庭園の特徴であるチャハルバーグといわれる四分割の庭園に水をふんだんにはりめぐらせた。
大上段に構えて表現したいわけでなないが、他の言い方が思いつかないのでそのまま書くが、水浴びは人間の、あるいは陸上の生き物の根源的な歓びに通ずる至高のものなのだろう。

「謎の1セント硬貨 真実は細部に宿るin USA」(向井万起男著)を読む。
宇宙飛行士の向井千秋さんの旦那で、職業は医師。おかっぱヘアースタイルのユーモラスな人。立花隆さんの書評でそうとうな書き手であることは知っていたが、実際に著者の本を読んだのは初めてだった。
休暇を利用して妻の住むアメリカへと定期的に足を運ぶ。ふたりでアメリカを旅行する。もっぱら車でドライブする。いろんな分野に興味を持つ著者は、その先々で疑問を持つことに遭遇する。その疑問を帰国して調べる。推論、仮説を立てる。そこからが彼の真骨頂。インターネットでばんばんメールして質問をする。著者いわく、ばんばん返事がかえってくる、という。そして、結論を導く。なんだか、ビジネスのマーケッティングのお手本のような手法(なんだろう。わたしは門外漢。勝間和代さんとかももそう思うだろう)。わたしは読みながら反省した。旅とはこうあるべきだ、と。この本は旅本のお手本でもある。 文体も軽妙洒脱。いっぺんに彼のファンになった。

6月13日(土曜)

今朝は走って自宅から店へ通勤。約6キロ。二日酔いなので、これくらいの距離でもしんどかった。
昨夜は沖縄料理店「座間味」で飲み会。海ぶどう、島らっきょうから始まり、島餃子、らふてー、チャンプルなどを肴に、泡盛を呑み過ぎてしまった。古酒もなめたし。あれがきいたかな。
自宅でも夏は泡盛を飲むこともある。先月も日頃、利用するスーパーで沖縄フェアーがあっていた時には、泡盛「久米仙」と島らっきょうを買った。まあ、ロック、もしくは水割りで飲むのならば、判官びいきもあるのだが、球磨焼酎の方がうまいと思う。わたしのお気に入りの銘柄は「武者返し」だ。

5月23日(土曜)

『現代プレミア ノンフィクションと教養』(佐藤優責任編集)を購入。
同書は昨年休刊した『月刊現代』の臨時号として発刊されたものだ。佐野眞一、野村進、魚住昭各氏をはじめ10名がそれぞれに「傑作・名作ノンフィクション作品」100冊を推薦する。
その作品群を眺めていくだけでも、ノンフィクション好きにはたまらない。

「総合ベスト10」のうち半分は読んでいるが、この中で唯一、外国人作家の作品である『ベスト&ブライテスト』(D・ハルバースタム著)は、未読で奇しくも近く読みたいと思っていたものだ。原作じたいはもう40年くらい前に書かれたものだろう。わたしが学生時代、立花隆さんの著書でこの作品を紹介しており、一度は手に取ったのだが、未読となっていた。その時に立花さんは「いまさらベトナム戦争ものねえ、と考えたが、読んでみるとても面白かった」というような内容だった。確か『アメリカ・ジャーナリズム報告』のなかだった。20年以上も前のことなので記憶だけで書いているのだが。当時でさえ「いまさらベトナム戦争ねえ」だから、それからさらに20年くらいたっている。それでもこの『ベスト&ブライテスト』が気になりだしたのはオバマ大統領が就任したからだ。

ベスト10にある『苦界浄土 わが水俣病』(石牟礼道子著)も学生時代に文庫本で購入しておきながら未読のままだ。いや何度か最初の方のページをめくったのだが、どうしても読み進められなかった。わたしの郷土県のことでありながら、きっかけがつかめずじまいだった。

推薦者の中でも、評価の高かったのが本田靖春さんの作品だ。ベスト10には『誘拐』が入っている。わたしがノンフィクションを読みだした80年代はそのジャンルにたくさんの書き手が世に出た、いわばノンフィクションの幸せな時代、だったことがこの「傑作・名作ノンフィクション作品」群からでもわかる。例えば、沢木耕太郎さんは「ニュー・ジャーナリズムの旗手」といわれていた。関川夏央、足立倫行、猪瀬直樹…。そうした中で本田靖春さんの作品は地味だった。『警察(サツ)回り』など新聞記者の業界ものだったので、わたしは作品に入り込めなかった。『誘拐』をはじめとする作品は、一貫して「戦後」という社会、人々の営みを描いていたのだ、ということに気づいたのは近年のことである。遺作となった『我、拗ね者として生涯を閉ず』は、本田さんのすがすがしい実直な生きざま触れた、彼の作品で最も好きな著作だ(作品としての評価ならばはやり『誘拐』だが)。
5月09日(土曜)
連休中は北海道へ。
8月末に行われる北海道マラソンの試走のため…ではない(笑)。札幌2泊した時には、同大会のスタート地点である中島公園を早朝にジョギングしてきたけども。
ニセコのオーストラリア人を中心とした外国人オーナーの別荘地区はびっくり。聞きしに勝る豪華な建物が並んでいた。英語表記された表札、看板の数々。欧米の町に紛れ込んだような錯覚をおこす。
投宿した宿「旅の交差点」。ちなみにこれが宿名。であればわたしは泊まざるえない(笑)。オーナーは「隣はオーストラリア人、後の方は香港人がオーナーです。わたしが(宅地を)買った時には(1坪)7万5千円くらいでしたが、いまはとてもとても」と話してくれた。

帰りの際の5月6日の新千歳空港でのこと。
新型ウイルス騒動の件が気になり、国際線ターミナルに様子を見に行く。中国東方航空の上海からの到着した頃だった。到着ロビーで待ちうける地元テレビ局。大方の人がマスクをして足早に行き去る。話しかけようと試みる報道陣。テレビカメラが帰国者を狙う。30代女性とその両親の3人連れの旅行者。母親のみがマスクをしていなかった。
娘「テレビに顔が映ったよ」(とがめる口調)
母「ええ~っ」(驚いた様子)
父「悪いことでもしたと言うかい」
ごもっとも。中国に家族旅行なさっただけである。

4月18日(土曜)

長旅にはそれなりの資金が要る。
長い旅を計画するのは実に楽しいことだが、お金をどう工面するかは難儀なことだ。20代前半で長い旅を決意した時にこの問題に直面した。わたしがとった方法は単純だった。サラリーマンをしながら、できるだけ倹約して旅の資金を貯めることだった。花見や忘年会などの特別な酒宴以外は呑みに行かない。外食はしない。昼休みにはこっそりと抜け出し、アパートに帰り自炊ですませていた(こっそり、と書いたが毎度のことなので、周りの者からは「あいつは昼になるといなくなる」と言われていたらしい)。その時の倹約癖は、その後のわたしの生活ぶり大きく影響を与えたと思う。浪費家の父のもとで育ったわたしは小さい頃からポンポンお金を使う方だったのだが、旅の資金を貯めた1年半程度の倹約生活以降はそれまでのようには金使いが荒くなくなった。

なぜこんなことを書いたかと言えば、いまの若者の労働環境についての本を立て続けに読んでみたからだ。
わたしはサラリーマンを続けながら倹約して旅の資金を貯めたと書いたが、同じように長旅に出た若者たちは、「キカンコウ」、つまり自動車工場などの期間限定の契約労働者として旅の資金を稼ぐ人が多かった。60年、70年代くらいまでならばヨーロッパやアメリカに出て、その現地で旅の資金を稼ぐ方が効率的であったろうが、85年(プラザ合意)以降からの円高においては国内で稼いで旅に出るやり方が主流となった。当時の「キカンコウ」経験者だと月に30万円以上にはなっていたそうだ。加えて満期手当、帰省手当も付くといっていた。学生時代に『自動車絶望工場』(鎌田慧著)を読み、大企業トヨタの「キカンコウ」への扱いに大いに憤慨したものだが、旅の資金を貯めに「キカンコウ」をした人の話を聞くと、待遇のよい、稼げる仕事やなあ、俺も一回くらいは…、に変わっていた。
一方、時代は下り90年代末あたりから、旅先で日本人の若い女性の一人旅に仕事を聞くと、「ハケン」という人が増えた。派遣の契約期間が終わり、1カ月くらい旅をしてまた次ぎの派遣先で働くという。給料だって悪くないどころか、「俺よりいい」と思ったものだ。ちなみに、男性で1,2週間の旅に来ている日本人では、やたらプログラマー(コンピューター)が多かった。長時間労働のリフレッシュといったところか。

翻って現在。当時、旅先で聞いていた高収入の旅の資金調達法である「キカンコウ」、「ハケン」が変容したようだ。低賃金なうえに、景気後退で雇用契約をばっさりと切られる。

『怒りのソウル―日本以上の「格差社会」を生きる韓国』(雨宮 処凛著)にはこうある。
「韓国の人の「日本のフリーターのイメージ」。「日本では、フリーターがすごく幸せに生活をしていると思っていた。賃金も高いし、自発的に選んでそういう暮らしをして、自由にお金をためて海外旅行に行く」(中略)やはり、韓国でも「バブル」のころの日本のフリーター・イメージがそのまま定着しているようである」(P132)。

やはり<人は特に若者は時代の生き物>である。時代が身を縛る。80年~90年前半まで「キカンコウ」、「ハケン」はいい時代だったのだ。長旅をもくろむ若者はそれに便乗した。というか日本の会社自体に余裕があり、そのおこぼれにあずかっていた。
しかし、95年が潮目の変わり際であろう。その年、日経連が「新時代の日本的雇用」を発表し、非正規雇用の大量創出を促した。さらに小泉・竹中路線で工場労働への派遣も許可された。

『会社人間だった父と偽装請負だった僕』(赤澤竜也著)にはこうある。
「時代は変わってしまった。
僕があれほど忌み嫌い反発していたはずの日本的社会システムは気がつくと消え失せていた。「いい大学に入っていい会社に就職して安定した人生を」というルールに抗って生きているつもりだったが、すでにレール自体がなくなっていた。僕が反発を隠せなかった家族主義的株式会社は知らぬ間に変容してしまっていた。」(P155)。

著者はわたしと同世代だ。わたしもそうした価値観に抗ってきた。学校を卒業し、会社勤めをしたのは、「旅の資金を稼ぐための世を忍ぶ仮の姿」と思っていたのだから。そうしたわたしからしても、家族主義的株式会社が少し懐かしい。

4月11日(土曜)

先月、伯母が亡くなり、慌ただしい日々を送っている。子どもがいなかった伯母はわたしを自分の息子のようにかわいがってくれていた。喪主をさせてもらったが、これで4度目。普通は仮に長男であれば、自分の両親のどちらかで1回、それとつれあいを亡くした時に1回のせめて2回くらい経験するのが葬儀の際の喪主という立場であろう。わたしは父、叔父、祖母、そして伯母と4回、喪主として死者を見送った。

第3世界(この言葉自体がもう風化しているかもしれないが)を旅していた時には、
<人を命とかは軽い。そして安い。ぞんざいに扱われるのが人の命だ>
とうそぶいていたものだ。

親近者の死に接して思う。
<人の命は重い。社会は一人の命を軽く扱うかもしれないが、死者に接する者にとっては、とてつもなく重い>
店の休憩用のイージーチェアーには、いま座右の書として(実際には椅子の左側なのだが)、写文集『メメント・モリ』(藤原新也著)の新装版を置いている。合間の時間にぱらぱらとめくる。
メメント・モリ(死を想え)。

『会社人間だった父と偽装請負だった僕』(赤澤竜也著)、『「蟹工船」を読み解く』(鈴木邦男著)、『怒りのソウル―日本以上の「格差社会」を生きる韓国』(雨宮 処凛著)と若者の今日的な労働環境についての本を読む。近く自分の経験も交えて感想を記す予定だ。

3月14日(土曜)

中川昭一大臣の辞任劇の際、父の故中川一郎元代議士の関係性が気になったので、85年に出版された『悶死―中川一郎怪死事件』(内藤國夫著)を一読してみた。
「ふと思ったのは、母親はどんな人だったのだろうか、母との関係は」
と書いたが、どうも想像をはるかにうわまわるエキセントリックな人だったようだ。山崎豊子原作でテレビドラマ化された「華麗な一族」などを上回るエピソードの数々。本当に、すさまじいのひと言。
一例を記載しておく。
(父の中川一郎の仮通夜の日)「長男の昭一は、二階の自分の部屋で友人たちと酒を痛飲していた。そして、一階にフラッと降りてきたかと思うと、ウィスキーをふくんで三回ほど、ドンチャン騒ぎをしながら、霧吹きのように、中川一郎の顔に向かって、パッパーッと、その口にふくんだウィスキーを吹きかけた」
この本は、エピローグでも中川昭一と並ぶもうひとりの前途有望な政治家の未来について、示唆に富んだエピソードを紹介している。中川一郎の秘書だった鈴木宗男代議士についてである。その後の鈴木批判、「悪役」としてバッシングをうける「誤解」への提言で締めくくられていた。

3月07日(土曜)

以前、著名な経済学者のあまりの「ウブ」さに疑問を呈したことを書いたが、その『資本主義はなぜ自壊したのか』(中谷巌著)が注目され売れているようだ。ご本人がメディアへ露出度が増したことが影響しているのだろう。
先月の日曜のテレビ朝日の報道番組『サンデープロジェクト』にも出演されていた。「日本人特有の美意識の大切さ」を唱えておられた。著名な数学者が「日本人の品格」とかを唱え、それがベストセラー化することにも共通するメンタリティーだ。
「美意識」とか「品格」とかいう言葉は、著名人がメディアで政治的に教育的に声高に唱えるものではない。個々人が自己内で、家族内で、あるいは小さい身近な所属内で粛々と練磨、精進するもので、その結果としてそれらを身につけ得るものだと、わたしは思う。

再度、中谷巌さんには下記のような指摘に対してどう思われるか拝聴したい。
『資本主義は嫌いですか―それでもマネーは世界を動かす』(竹森俊平著)にはこうある。
「金融規制の緩和こそが改革だと威勢のよいことを公言できるかもしれない。しかし同時にその経済学者の考え方は、もろいものとなるだろう。つまり、資本主義の問題点をこの経済学者が何も考えていなかったために、資本主義の重大な欠陥、たとえばサブプライム危機のようなものが発生した途端に、その経済学者の資本主義に対する「信仰」は崩れ去るだろう」(19P)。
『資本主義は嫌いですか』は『資本主義はなぜ自壊したのか』より3カ月ほど先に発刊されている。竹森俊平さんという経済学者は先に指摘しておいたのだ。改革、規制緩和の音頭取りが「懺悔」、「転向」することを。

2月28日(土曜)

今月の走行距離(ジョギング)115キロ+三千段登り1回。風邪をこじらせたことと、雨が多くて思うように走れなかった。一週間後に20キロのマラソン大会に出場するが、スピード練習をしていないので好タイムは期待できそうにない。
本当は、ジョギング・ペースを続けながら、後半に徐々にペース上げるビルドアップ走法を主流とした練習を目指しているが、今月は2回しかやっていない(先月は5回)。
『ヨムマラソン』(吉田誠一著)によると、
「陸上界では、トレーニングの終わり方が重視されている。最後にしっかりとした動きで、スプリット走を入れたりするのはそのためだ。いい走りを体に刷り込んで一日を終えれば、翌日、またいい走りができる。何事も締めくくりが大切なのだ。 だらしなくトレーニングを終えると、だらしないレースしかできなくなってしまう」(P80)。
先週読み終えた『世界は感情で動く (行動経済学からみる脳のトラップ) 』(マッテオ・モッテルリーニ著)で言えば、「ベスト・エンドの法則」だ。
目指せ、ベスト・エンド走法!
たとえ後半のタイム・アップはたいしたことがなくても(実際そうなのだが)、自分は気持ちよく早く走れたと、脳にトラップ(罠)をかけるのだ。

先週、書き損ねたこと。
中川昭一大臣の辞任劇。
「だらしない」ということでバッシングを受けたていたが、わたしもそうだと思う。
「自他共に認める酒好き」という人が、少し飲んだくらいで、あれほどへべれけになっては困る。がんがん呑んだ後でも、すらすらと答弁してもらわないと、日本全国の、いや全世界の酒好きオヤジたちの肩身が狭い。
タカ派だった実父、中川一郎の後を継ぐ北海道選出の二世議員で、父と同じ農政族(なんとなく酒豪のイメージがあるではないか)ならば、大酒を呑んだ後の会見でも、けろりとこなしてもらいたい。しかも、この人は東京の渋谷あたりで生まれ育ち、麻布中、麻布高、東大法学部卒、政府系銀行勤務というエリート・コースの典型のようなお方。ならば、ワインを水のように飲み干した後の記者会見でも「3,4人でもいっぺんに質問してくれ、同時に聞いて、まとめて簡潔、明瞭に答えから」くらいやってもらいたい。
これまでも酒がらみで失態があったお方なので、おそくら官僚はじめ周囲のスタッフたちも大臣の酒量は注視していたはずだ。つまりそんな量は呑んでいないのだろう。いまの世界経済に連動するかのように、元財務大臣の肝臓も弱っていたのか。
今回、この政治家がどんな人なのか、ネットで少し検索してみた。ふと思ったのは、母親はどんな人だったのだろうか、母との関係は、ということだ。父、中川一郎が現職の国会議員の在任中に「自殺だった」とされる非業の死を遂げ、その長男、昭一と母は…。それから先は何もわからない。窺い知るヒントとなるような本が一冊あったので、近く目を通してみる予定だ。

2月21日(土曜)

今日の昼休みに書店で『無一文の億万長者』(コナー・オクレリー著)を購入。この本の翻訳者である山形浩生さんが昨年、この本の内容を紹介したコラムを読んで以来、翻訳本が出ることを待ち望んでいた。世界一の免税店DFSの創業者にして、資産をすべて慈善事業に寄付したアメリカン人の一代記だ。
この新刊本はビジネス書のコーナーにあった。訳者のあとがきにも「本書の見所:ビジネス書として」とあるが、わたしはDFSを通してみた日本の観光史を伏線として意識しながら読んでみたい。
待ち望んでいた本だけに値段も見ずにカウンターに持って行った。「¥2,100になります」。ダイヤモンド社の翻訳書は高いなあ。まあ、しかし待望の書を刊行してくれたのだから感謝。

2月14日(土曜)

先週土曜は映画『チェ 39歳 別れの手紙』を観た。
郊外型シティーモールのワーナー映画館を利用した(中心街にある映画館はどんどん消滅しているので、そうならざるを得ない)。週末の子ども連れの家族でにぎわうモールなのに、この映画の観客は10人にも満たないものだった。それも場所に似合わず、年配の人が目立った。東京あたりでは、観客動員も多かった、若者の姿も目立った、と仄聞したが、地方ではそうでないのかもしれない。

わたしはチェ・ゲバラの直撃世代ではないし、20代の頃も、そしてこれまでも周囲でゲバラが話題になることはなかった。現在、書店に新刊の文庫本として並んでいる『ゲバラ日記』は、ずいぶん前に古本屋で、むかし印刷された単行本を100円とかで入手した。読んだ当時は、その時代状況もゲバラとはどんな人物かも不案内なまま、この本を手にしたので、まったくピンとくるものがなかった。ただ唯一、今でも憶えている文脈がある。その箇所には付箋を貼り、何度が見直しをした。

いま手もとにその本がないので、正確に引用できないが(もしかしたら、まったく文意が違っているかもしれないが)、自分の誕生日に「わたしも39歳になった。いつまでもゲリラを続けるわけにもいくまい。そろそろ新しい道をさがさねば」というようなものだったと思う。いや、もっと格調高いものが書かれていたかもしれない。要はわたしの記憶に定着したのは、ゲバラもひとりの人間であり、まるでベテランのスポーツ選手のように、俺もそろそろ潮時だよなあ、というような気概があったのだ。その人間味に感応したのだった。
映画では、そんなゲバラの心情を吐露するようなシーンがでてくるのか期待したが、潜伏する森の中で日記を付けているシーンは何度か描かれていたが、その日記の内容が直接でることはなかった。

ちなみに『チェ・ゲバラ伝』(三好徹著)、『ロシナンテの肋―チェ・ゲバラの遙かな旅』(戸井 十月著)がゲバラへの入門書としては取りつきやすく、お薦めできる。

ゲバラはかっこいいし、スーパー・スターなんだが、いまはフィデル・カストロの方にシンパシーを感じる。カストロの方が政治的であったろうし、猜疑心も強かろう。しかし、大国アメリカを敵に回し、旧ソ連と微妙な関係を保持しながら、自国の独立を死守したことに敬服する。

それはちょうど、坂本龍馬よりも大久保利通の方へ、長嶋茂雄よりも野村克也の方へ、そして、『深夜特急』の沢木耕太郎よりも『アジアの路上でため溜息ひとつ』の前川健一の方へ(これはかなりマイナーな例えだが、旅本を読みこなしているコアな人ならば膝を打ってもらえることだと思う)。
わたしは魅かれる。

2月07日(土曜)

田中宇さんの新刊『世界がドルを棄てた日』は衝撃的な本である。
精読する本には、重要と思える、あるいは気にかかる箇所に付箋を付けながら読み進めるのだが、この本の場合は、その付箋の数が30箇所くらいにものぼり、多すぎて、それを絞り込むのに次の作業としてページの隅を折るとになったほどだ。
著者の主張は明快である。
この本のタイトルの通り、「どう見てもドル崩壊は差し迫った話である」、それも「オバマ政権下ではおそらく、ドルが崩壊し、米国は覇権国の地位を喪失していき、(中略)、世界は政治的にも経済的にも多極化の方向となる」と断言する。
昨年11月に世界金融危機のために緊急開催された「G20」は、「第2のブレトンウッズ会議」と銘打って、ドル崩壊後の通貨体制をどうするかの話合いで、その主旨が「わかる人にだけわかる」というものだったという。わたしはそもそも「ブレトンウッズ会議」という歴史すら無知だったのだが…。そんなわたしでは、この本の国際情勢の分析は正鵠を得た見解だと思う。
熊本でも著者の講演会があって参加したことがある(4,5年前くらい)。デイパックを肩にさげて、なんだかバックパッカーのようないでたちだった。確かその時には、中国の台頭による米中論、中東の政治的不安定からくる多極化あたりの話だった。

1月31日(土曜)

『国際銀行マン ロンドン発』(金山雅之著)を読む。
昨年、わたしが最も印象に残った本の『冬の喝采』の著者である黒木亮さんが実名で著述していた頃の本だ。93年発刊。黒木さんといえば、ロンドン在住の国際金融小説の書き手なのだが、その全作品をほぼ読了してしまった。そのため彼が三和銀行のロンドン支店勤務時代に書いた『国際銀行マン』まで食指を伸ばしてみたのだった。
この本により黒木亮が描く国際金融のリアルな描写のバックボーンとなる下地がどういうものであったか窺い知れる。ここに出てくるエピソードが小説にもたくさんでてくる。

世界を股にかけるバンカーの情報収集法が次のくだりだ。著者だけの個人的な方法かもしれないが興味深い。
「いろいろな国に行って、その国の情勢分析をする場合、各国の大使館を訪問して意見を聞くと、非常に参考になることが多い」、「どこの国へ行っても、他国の追随を許さず圧倒的に良い情報を持っているのが米国大使館である」、「開放的なアメリカン・カルチャーのせいもあるのだろうか、米国の国益とは直接関係ない日本のバンカーが行っても、たいてい会って話を聞かせてくれる」。
この本の発刊から15年以上たったわけだが、いまもアメリカは圧倒的な情報量を誇り、開放的なのだろうか。

この本は図書館で借りたのだが、誤植のあった「ジンバブエ・バイキング・コーポレーション」(P154)。バイキングの箇所を「イ」に鉛筆で線を引き「ン」と訂正してあった。以前、借りた人が訂正したのか。その丁寧な訂正のやり方が著者の几帳面さともうまく調和していた。

「金山雅之」著者名でもう一冊『ロンドン国際金融の仕掛人』(98年刊)があるが、これは図書館にはなかった。アマゾンの「マーケットプレイス」で4500円ほどの高値で売られている。う~ん、どうしたものか。

1月17日(土曜)

今夜は旅仲間「地平線会議・熊本」の面々との月例飲み会。「焼鳥太郎」。この店は今月いっぱいで店を閉じるらしい。総理太郎はなかなか辞めないが、焼鳥太郎は今月で最後。
最初にこの店に行ったのは20年以上も前。わたしは以前から何かの集まりとかイベントごとがないことには、街へ飲みに行く習慣がないので、「太郎」にもめったに行かなかったが(昨年もサイクリング仲間の結婚祝いの時に行った1回だけだった)、やはり熊本では知る人ぞ知るみたいな偉大な存在の店だっただけに、閉店は淋しい。

正月休みで読んだ本で印象的だったのは『資本主義はなぜ自壊したのか』(中谷巌著)。著者の本を手にしたのは初めて。著名な経済学者なので、テレビの討論番組とかに出演した姿を見たことはあった。この本は「アメリカかぶれ」の新自由主義の旗振り役をしてきた著者の「懺悔の書」という。学者らしい教科書的な理路整然とした内容であるが、読んでいて、これほどたくさん「?」が頭をよぎった本も珍しい。わたしは体育会系出身の単細胞が脳にも充満しているので、著者の主張をすぐに真に受けてしまう。こんなわたしなのに、この本は、有名な経済学者にしては「ナイーブ過ぎはしませんか」とつっこみを入れたくなる個所がいくつもあった(前半部分のみだが)。
著者みずから「今にして振り返れば、当時の私はグローバル資本主義や市場至上主義の価値をあまりにもナイーブに信じていた」(P21)。
高名な、社会的地位もある経済学者が、「懺悔の書」を発表するのだから、たいへん誠実な人柄でもあると想像する。そう思ったから、グローバル経済などと門外漢であるわたしだが、この書を手に取ってみたのだ。
だが、誠実だからといって、日本経済のオピニオンリーダーでもあった人が、ナイーブで、ひ弱い、気の弱い人だけになってしまっても困る。
「消えた安全・安心」の欄で「かつて日本では考えられなかったような凶悪な事件が年を遂うごとに増加してみえる。こうした事態を異常だと感じるのは筆者だけだろうか」(P25)
それではワイドショーばかりで情報を得ている人と同じ発想ではないか。凶悪事件、殺人事件も戦後からむしろ減っている。確かにそうした事件の劇場型、(田舎で発生するなどの)拡散化の傾向はある。日本は「安心」が不足していることが大きな問題だと思うが、相対的には、いまでも世界屈指の安全な国だ。こうした記述を見ると、著者は時代の取り巻く情緒に感染しやすいメンタリティーの方だと疑いたくなる。
ちなみに、前半は文末に「だろうか」で結ばれる文章が多い(後半の政策提言とかになると専門分野なので、こうした自信がない表現はなくなる)。
他に「マネー・ゲームの愚」の欄のつぎは「ブータンやキューバー幸せ感」がくる。キューバーの医療制度とブータンのGNH(国民総幸福量)の絶賛。この2カ国を引き合いに出すのはあまりにも安直で、ウブすぎはしませんか。強欲な新自由主義の対比として、これを出すかも知れんなあ、と心配しながら読んでいたら、「ああ、やっぱり」と思ってしまった。実力のある経済学者さんなのだから、この2カ国のようなすでにたくさん報じられたことでない事例を紹介してこそ値打ちがあるというものだ。
と、随分と読みながら疑念を持った箇所があった。けれども、この本のサブタイトルになっている「日本再生への提言」(第7章)はありがたくご高説を賜ったという内容だ。
新自由主義を唱え、自ら政府主幹部となり、それを牽引した竹中平蔵センセイは、いまもテレビでああいえばこうゆう、とぺらぺらと立て板に水という感じた。正月早々、NHKの討論番組でも、ぺらぺら、ぺらぺら・・・。10分も見ずに消したが。
そういう意味でも、中谷巌氏にこの自信喪失の「懺悔の書」で終わってもらいたくない。今後の発言に注視したい。

1月1日

今年もよろしくお願いします。

○近況的若干乃雑感(じゃっかんのざっかん)
・世界遺産を自分なりに体系化しようと精進中。これで旅行業界の「ツアー・オブ・ザ・イヤー」を狙う!(わけではない)。
・ワンマン社長(社員はわたし一人)なので健康第一。でも酒量は減らしたくないので、ジョギングの量をドンと増やしました。昨年のハーフマラソン出場に引き続き、今年はフルマラソンへ。
(賀状からの一部抜粋)