辺見庸さんの講演会に行く。
○月○日
『もの食う人びと』の著者である辺見庸さんの講演会に行く。
講演内容の中にバングラディシュの残飯を食ったことについての話があった。それは、氏の一年三カ月におよぶ取材旅行の最初の訪問地でもあり、本でもまず最初に取り上げられていた箇所だ。
熟練度の高い文章内容を端折るのは気が引けるのだが、要は首都ダッカの駅前の屋台で出された飯は、ホテルの宴会などで食い残された代物であり、残飯でさえリサイクルして、普通の人たちが食べている国と飽食のかぎりを尽くしている今の日本とのこの差は一体何なのだろうか、という問いかけである。
二年前、熊日の夕刊に連載されたこの文章を初めて目にした時、「俺が思っているようなことを書いているな」というのが感想だった。こう言うと何だか偉そうに聞こえてしまうのだが、何てことはない、第三世界を訪れた「貧乏旅行風日本人旅行者」ならば大概の人が抱く感想だと思う。
ぼくに限って言えば、食費や宿代をけちりながら旅行をしていた身の上にとって、駅前の屋台や庶民市場あたりからでしか、その国を把握していく物差しをもたなかった。そして、アジアを徐々に西へと向かう横軸の旅をしようとしていたが、日本人旅行者がアジアの国々を訪れるとそこには持つ者と持たざる者という南北問題、つまり縦軸の関係に直面し、日本人旅行者は否応無しに持つ者の側に組み込まれてしまう、と思ったものだ。
ただ、辺見氏とぼくとの決定的違いは、直面した納得のいかない事実に対して、とことんその事実を自分自身に突き詰め想像力の可能性と限界に挑んだ者と、突き詰めてしまうと自分の日常生活すら否定されてしまいそうで、いつまでもおとしまえをつけきらずにいる者との差であろう。
○月○日
自転車を買う。
少しふんぱつしてマウンテン・バイクというハイカラなものを購入した。この旅のよろず家業は体を動かさないので、運動不足解消の目的もある。それはさておき自転車を買うというのは嬉しいものだ。納車の前日には「明日は自転車がくる」とガキの頃と変わらない気分になった。
自転車とは縁が深い。初めてのひとり旅も沖縄を自転車で回ったものだった。その後、自転車を異国に持っていくことはなかったが、行く先々でレンタル自転車屋を見つけては、必ずと言ってよいほど借りて走り回った。
それにしても、熊本いや日本中の街の道路がそうであるのだろうが、とにかく自転車では走りにくい。車道と歩道のどちらを走るにしても心地よいものではない。いや、ヨーロッパのサイクリストの十全な環境を見たがために、そのあまりの格差に怒りたくなる。ドイツあたりのサイクリスト達は自転車専用の路面を走って通勤し、休日は電車で自転車を運び(割り増し料金さえ払えばそのまま持ち込める)、郊外の森でサイクリングを楽しんでいる。
熊本は公共交通機関が少ないので、高校生までは自転車に乗るが、それ以降はペダルから離れる人が多い。自転車が走りやすい路面整備がなされれば、中国の北京とまではいかなくていいとしても、もっと自転車人口が増えると思うのだが。
(95年11月)
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