日本人カメラマンの消息
○月○日
タイの北部チェンライを訪れた。
ミャンマーと国境を接するメーサイからバスで一時間半ぼど南下した所がチェンライだ。ほどよい街の規模で旅人からすると居着きやすい所のようだ。首都バンコクのように膨張を続けて、もはや一介の旅行者では都市の片隅に埋没していくしかない大都市と違い、チェンライは旅人の基本である歩くことで街を把握していける規模に留まっている。市場も街の中心部にあり丁度いい大きさだ。
まだ、ここの市場には闇が残っている。
日本のスーパーマーケットやコンビニエンス・ストアーなど必要以上に店内を明々とこれでもかというように照らされている空間とは趣を異にしている。外の強烈な太陽光にさらされた直後に市場に入って行くと、一瞬、闇夜に紛れ込んだように視界がハレーションを起こした。市場内には小さな食堂がいくつもある。僕とって買物客を相手にした地元の人しか利用しないこうした場所で一時間ぼどジュースを飲みながら、ここで働いている人の営みをぼーっと見るのが至極のひと時である。チェンライの市場内は、そんな至極のひと時を演出してくれるのに適した照明の明るさだった。
市場周辺の路上では黒色の民族衣装に身を包んだ少数民族の女性が農産物を小商していた。チェンライの周辺には山岳少数民族の村々が点在しており、そこを訪ね歩くトレッキング・ツアーが旅行者には人気がある。チェンライはそうした山岳少数民族の拠点の街でもある。
そして、ひょんなことからこのチェンライで山岳少数民族に深く係わった、ある日本人カメラマンの消息を知ったのだった。
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宿で本を読んでいる時にバイクタクシーのおっちゃんが話しかけてきた。「この近くに日本人がいる。名前はタケチミワという。俺が案内するから行かないか。安くしとくよ」と誘った。
同じ日本人だからという理由だけでぶしつけに会いに行くのは礼儀に反すると思ったものの、ジョークのつもりで「その子は若くて奇麗か」と聞き返えした。男はうんうんをにやにやしながら頷いた。
<おっさん、ほんとかいなー。タケチ・ミワ。若そうな名前だし、どことなく都会ぽさが漂う。いや、そんな日本の女の子がタイのこうした田舎街にいるものだろうか。いやいや、先入観は捨てるべきだ。事実、俺の店の客でここチェンライでボランティア活動に身を投じた子がいるではないか。彼女は熊本にいた時には大手新聞社の美人記者として誉高かったのだから。ただ、会いに行き方に問題がある。このおっさんのバイクの後ろにまたがり、「どうもー、日本人の方ですか」と言うのは情けない。男の旅はストイシズムであらねばならない>
バイクタクシーのおっちゃんには「次の機会にするよ」と断わった。それから数時間後、同宿の日本人旅行者にその話をすると。
「そこなら行ってきました。バイクタクシーが言ったタケチ・ミワとはミワ・タカシさんのことですよ。ミワさんはチェンライの郊外に桜寮というのをつくり、そこに山岳民族の子供を引き取って学校に通わせるボランティアをしているんです。山岳民族の言葉も操れてすごかったですよ」
そうだったのか。三輪隆ならば僕も知っている。『世界美少女図鑑・タイ編』という写真集を十年ほど前に出版したものを見たことがあった。題名の「美少女」の後に「図鑑」という言葉を用いた言語センスは好きになれなかったが、たくさんの山岳民族の少女を撮影した写真集の中味はなかなかの力作に思えた。タイトルからして、次はどこの美少女をテーマにするのかと注目はしていた。しかし、写真集が出版されてしばらくして、タイを旅している時、彼に合ったという旅行者から彼がチェンライに住み着いているとの話を耳にした。
<そうか、タイに決めたんだな。世界の美少女を追い求める写真家としての仕事より、地域への係わり合いを選んだんだ>
そんな感慨に浸った後は写真家・三輪隆を思い出すこともなかった。
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彼の所へは行かなかった。少数民族へのボランティア活動。乱暴に言い切ってしまえば、ぼくはボランティアには興味がない。門外漢の輩がのこのこと訪ねるべきてないと判断した。ぼくが思いを馳せたのは、タイとその隣国ミャンマーとを比較した場合、少数民族の在り方のあまりの違いの大きさである。
僕がこの街を訪れたのは五月初め。新聞報道によると、二月中旬にミャンマーの自治拡大を主張する少数民族カレン族の軍事拠点がミャンマー政府軍によって完全制圧されたとのことだ。抑圧されるマイノリティーからの国家への異議申し立て。それを国家が武力によってねじ伏せる。よくある構図だ。タイでも少数民族問題は存在する。しかし、それは独立運動、自治権確立、武装蜂起といった大きな問題には発展していない。ミャンマーの少数民族との差はいったい何なのか。さらに言えば、日本において沖縄やアイヌは国家への異議申し立てを民主的という名のもとに行い、ミャンマーのマイノリティーは武装蜂起した。この格差はどこからくるのか。所詮、ミャンマーも経済が潤って、国家に余裕が出れば、マイノリティーの異議申し立てにも譲歩し、少しは解決に向かう問題なのか。少数民族問題とは国家が金回りが良くなれば解決してくれる問題なのか。たとえ絶対的完全解決とまではいかなくても。国家の経済発展とは特効薬となりうるのか。
誰が答えてくれるわけでない自問が続いた。
(97年8月)
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