旅エッセイ 「旅と日常の交錯」 メニューへ戻る  


「ぼく」から「私」の旅へ。

   ○月○日
 今回でこの雑誌への連載を終えることになる。最後に、ささやかなる旅の変遷について語っておきたい。

 旅が難しくなった。
 初めて海外を旅した十年前は、見知らぬ世界への憧憬ともの珍しさで旅が楽しめた。一般的には若者はバックパックを担いで世界を巡り歩いた後は、自分の居場所を定め、旅は余暇のひとつとして楽しむものに変わっていくものだ。丁度、青年の一人称表現がバックパッカーの「ぼく」から社会人の「私」へと変化するように。
 文中の一人称表現は終始一貫して「ぼく」を使い続けた。意図的に用いたわけではないが、今から思えば随分と青臭い表現が多々あったりして、「ぼく」には合っていたように思える。ただ、ここ一年くらい前から、どうも「ぼく」と書くことへの違和感、座りの悪さを感じるようになった。三十中盤を迎え、齢(よわい)からくるものもあろう。でも、それだけではないようだ。
 それを説明するには、旅を始めた九○年頃のことをまず語らなければならない。
      *
 九○年春に私はそれまで三年間勤めた地方の経済雑誌を発行する小さな出版社を辞め、二十六歳でアジアへと旅に出たのだった。その出版社に勤める当初から、<この会社に入ったのは、旅の資金をためるのが目的であって、いま勤め人をやっているのは仮の姿だ>と自分には言い聞かせていた。旅に明確な目的があったわけではない。単に日本から逃れたかっただけなのかもしれない。その時代の風潮に馴染めないでいた。時はあたかも、バブル経済と命名される好景気に沸いていた時代で、ニッポン株式会社は世界市場を席巻し、株価は舞踊り、増収増益の雄叫びをあげ、跳梁跋扈していた。地方の経済雑誌のなどは企業の喜ぶ堤灯記事を書いてやり、企業の潤いに満ちた財布から幾許かのおこぼれにあずかろうと、揉み手をすすってニッポン株式会社バンザイの太鼓持ちをマスコミの片隅で細々とやっていた。
 時代に乗れなかった。時代に怖じていた。頭だけでなく、身体が時代を峻拒した。
      *
「ぼく」から「私」の旅へ。
 バックパッカーでもなく、旅行業界人でもなく、定住者でもなく、観想と思念の領域を思いっきり伸ばした旅を問い続けていきたい。

(99年5月)


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