店主の「独座独考録」 back number  >>2011   2010  2009  2008 2007  2006 2005   2004  2003   

4月14日(土曜)

 ニュース報道によると、ソニーの業績不振で大幅に人員削減するそうだ。

 わたしはソニーの家電製品はほとんど持っていない。それでもソニーへのこうしたニュースは感慨深いものがある。

 家電製品に疎いわたしが<ソニー恐るべし!>と思ったのは、日本の外に出てからだ。むかし、長期滞在していたインドで、同宿の日本人がソニーのウォークマンを持ってきており、当時、家電品不足のインドにあって、それはまるで後光が射しているように見えた。ソニーの製品はこんなかっこ良かったのかと思い、その後、帰国してすぐわたしもウォークマンを買った。その後も旅先でソニーによく出くわした。ニューヨーク、マンハッタンの中心地、タイムズスクエアにはソニーの看板が目立っていた。香港の100万ドルの夜景でもそうだ。わたしにはソニーの看板が一番目立っていたように思えた。どちらかと言えば、地味なロゴマークながらも。それから各国の国際線空港でも、設置されているテレビといえば、判で押したようにソニー製だった。それが「サムスン」のものになってから、もうだいぶ久しい。

 そう言えば、わたしがよく観る日曜夕方のテレビ番組「世界遺産」のスポンサーはソニーだ。頑張れソニー!


4月07日(土曜)

 『なぜ人は走るのか ランニングの人類史』が面白かったので(しかし、ちょうど2年前に日本版が刊行された『BORN TO RUN 走るために生まれた』クリストファー・マクドゥーガル著ほどの衝撃力はなかったけれど)、ランニング本の分野に分け入る。

 走るならば、走ることについての本も読まねばなるまい。渡辺京二さん風に言えば、そんな時間がないのだが、性分だから仕方あるまい。

 瀬古利彦の新刊が出ていた。『すべてのマラソンランナーに伝えたいこと』。彼はマラソン界のスーパースターで、現在もマラソンや駅伝の解説者として活躍しているわりには、著作が少ない。少ないうえに著作中に紹介するエピソードが同じものが多い。この新刊も同じエピソードがいくつかあった。同じネタが重複する。

 師、中村清についてのエピソードも、この新刊でも披露しているが、その内容とそれに対する瀬古自身の当時の受け取り方もだいたい同じだ。

 「練習前後の中村先生の話は長かった。古今東西の書物を読み込んでいた中村先生は、聖書や正法眼蔵などの古典から言葉を引用し、精神力の大切さや勝つための哲学を私に説いた」。その毎回、長い訓話に対し、瀬古は「しっかりと集中して聞くようにした」。

 一方、当時の早稲田の競走部で同じ部員だった作家、黒木亮は、中村訓話の印象をこう書く。

 「話はいつ果てることもなく続く。内容は、陸上競技だけに限らず、宗教の話や親子関係の話、(中略)銀座の女の股を一万円札で撫でてやると喜ぶといった類の下ネタ、(中略)選手への訓話というより、「中村教」の説法であった」(『冬の喝采』)。

 瀬古は師、中村のことを否定的なことは書かない。いや、書かないというより、そう考えたことがないくらいに帰依していたようだ。率直な人柄なのだ。この新刊『すべての…』の中には、ここまで自分を率直に言うのかと、と思えることも述べている。

 「私は指導者としては成功しなかった」。「自分で言うのもおかしいが、「名選手、名監督にあらず」を私は地でいっていると思う」。

 なかなか自分の著書でこういったことは書けないのが普通だ。野球の長島茂雄は言わなかった(と思う)。テレビでのマラソン解説の時とは異なり、著書では言葉少なだけに、その率直な言い方が強く印象に残った。 


3月31日(土曜)

 今日の時点で今月の走行距離は289キロ。左ひざの故障もあり月間ノルマの300キロに達していない。土曜の夕方に走る習慣はないのだが、今日は走ろうか、と考えてしまう。明日はマラソン大会(ハーフ)に参加するというのに。

 『なぜ人は走るのか ランニングの人類史』(トル・ゴタス著)には、苦笑いをしながら読む箇所がある。

 「ランニング依存症は、誰でもすぐに陥るわけではない。可能性があるのは、一時間走り続けることができて、(中略)年配の方がなりやすく…」

 嗚呼〜(苦笑)

 ランニングは「宗教かスポーツか」の考察も苦笑を禁じ得ない。

 「新しくジョギングに改宗した人たちほど、周囲に熱心に勧誘する傾向があった」

 「ジョギング・ブームのさなかには、「時は金なり」というピューリタン的標語も「時は健康なり」に変化した」

 「一日のハイライトはランニングと食事(※わたしの場合は走後のビールかな)で、ほかのことはすべてそれに合わせて調整する。週末はレースで埋め尽くされる」

 自己診断!わたしは軽度のラン中毒だな。「軽度」と思いたいのが自己診断のよいところだ。

 

 この本の副題は「ランニングの人類史」。原題は「ランニング ひとつの全地球史」。壮大なテーマの著作だが、大著ではない。ランニングの人類史をコンパクトにスケッチした、という内容である。ノルウェー人の著書は、誠実にも最初の「緒言」にて「世界のランニング史の完全版を書くなど、到底不可能だ」とことわったうえで、「本書は、スカンジナビアから世界を見る一ヨーロッパ人によって書かれた…」と記す。

 25章から成り、どの章も面白い。章タイトルだけでも想像をかきたてられる。

 第1章「伝令と先触れ」、第3章「神々に奉げるレース」、第8章「フランス啓蒙主義も走る」…。第22章「禅の心で走る」は瀬古利彦を取り上げたものだ。瀬古の上体のぶれないランニング・フォームを「禅走法」と表記している。サィード流に言えば、これも西洋が押しつけるオリエンタリズムと言えなくもない。

 この本には、なるほど!、そうだったのか、あるいは自分を省みての苦笑い、へと導く記述がたくさんある。

 ひとつ紹介すれば、この箇所だ。

 「人類の本質的な特徴」の章で、「数百万の汗腺のおかげで過熱を予防できるので、人類の体はいっそう走りに適したものになった」。「人類は、多くの種と比べて走るのは遅いが、発汗することで体温が抑えられるため、狩猟時に、足の速い動物の体力を消耗させることができる」

 太古の狩猟の光景を想う。石斧や槍を振りかざして短時間で捕獲するのでなく、人類は逃げる獲物を長距離走で追いながら、長い時間をかけてしとめていた。人類は根源的に短距離走者でなく長距離走者だったのだ。


3月24日(土曜)

 今朝は久しぶりに走って店まで通勤。朝食にいただきものの大ぶりの肉まんを二個食べた後だったので、重たい走りとなった。

 今週の20日の祝日の日。午後に地元テレビの番組で、先日の天草パールライン・マラソンの特集を30分やっていたので観てみた。今年で第40回だったという区切りの大会だったということもあって放映だろう。番組では、大会の創案、運営に尽力した熊本走ろう会の加地旧会長(故人)の姿や、むかしの参加者の走る映像が盛り込まれていた。あるいは一回目から連続参加の人へのインタビーもあった。

 先日の3月11日のこのマラソン大会に参加しておきながら、気にもとめていなかった、この大会のキャッチフレーズ「遅いあなたが主役です」を思い出した。当日、受付した後、ランチップがないので、<この大会はタイム測定しないんだな>と思った程度だった。大会の成り立ちからして、タイム測定には馴染まない。ほんと、地元であるのに気付かなかった。

 

 地元への無知と言えば、渡辺京二さんの処女作の復刻版『熊本県人』を読んだ時もそうだ。

肥後藩の藩主、加藤清正といえば、「やたらに勇ましい武断的な人物、偏執的で狭量な正義感」、「国外では朝鮮民衆を殺戮し、国内では切支丹を迫害した、血にうえたミリタリストのように考えている人もある。まったく無知というほかない」(62ページ)。わたしの清正のイメージはこの範囲を超えるものではない。NHKの大河ドラマなど通して観たことなど一度もないが、清正といえば、やたらと勇ましい、古い型の戦国武将としかみていなかった。

 『熊本県人』を読むと、藩内の土木事業に尽力し、「当時の土木技術の最高権威の一人であった」し、「清正の工事の壮大さには、単なる封建君主の政策という以上の情熱が現れている」(66ページ)としている。

 そして、渡辺史観はこう記す。「安土桃山時代は、わが国の国民のエネルギーがひとつのピークに達した時代である」。「(清正は)安土桃山時代のルネサンス的人間の一人」、「そのような時代のエネルギーをわが身の中にはらんだ時代の子」だと。

 渡辺さんの著作はもうかなり読み込んでいるので、こうした記述に触れると<渡辺さんはもうこの頃は、ブルクハルトの『イタリア・ルネサンスの文化』を読んでいたんだな>と脳裏をよぎる。

 とにかく、清正さんには長年、失礼しました、と言うほかない。


2月25日(土曜)

 先週日曜に開催された初回の「熊本城マラソン大会」は、地元新聞紙などの報道によると、おおむね好評だったようだ。参加した知人数名も「よかった。大勢の人が応援してくれた」と言う。

 ボランティア・スタッフとして参加したわたし個人の感慨は、まず「寒かった〜」(苦笑)。11キロくらいの地点での沿道整備役をおおせつかったが、正直、大半の時間はなにもすることもなく立っているだけだった。7時半現地集合(競技スタートは午前9時だが)で終えたのは午後2時頃。体が冷えきって、帰宅後、すぐに風呂を沸かして入ったが、なかなか温まらなかった。

 約1万人近くのランナーが(一部ウォーカーもいたが)、目の前を通り過ぎ、それは予想以上に壮観だった。参加した知人数名を探そうとしたが、ひとりも見つけることができなかった。ランナー1万人とはそれくらのボニュームだ。

 ランナー1万人を目にして思った。フルマラソンは、ランナー一人ひとりが等しくきついスポーツである、と。2時間23分で完走したトップから制限時間ぎりぎりの7時間をかけてゴールした人まで、距離は42.195キロとみな等しい。みな等しいことを、同じ場所で、同じ時間から始める。これは当り前の自明なことだけれども、マラソン競技の公平さに唸る思いだ。速く走れる人は、走っている間はよりきついかもしれないが、そのぶん完走後は早く楽になれる。ゆっくり行く人は、そのぶん長い時間を要してゴール目指さねばならない。速く走れる人がゆっくりいけば、「等しくきつい」から解放されるかもしれないが、その反作用は満足感、充足感の欠如、低減として跳ね返る。

 そういうことを思念しながらボランティア場所から自宅へと走って帰った。それでも路傍で棒立ちし、冷えきった体は冷えきったままであった。 

 さて、明日は「イチゴ・マラソン」(ハーフ)へ出る。これをかわきりに続けてハーフを3つエントリー。参加ランナーへと戻る。


2月18日(土曜)

 昨年から渡辺京二さんの著作がどんどん刊行される。ファンにとってはありがたいことだ。

 先週も『私の世界文学案内』(ちくま学芸文庫)が刊行された。早く読みたいので、わざわざ昼休みに街中の大型書店まで出向き探したが未着。結局、ネットで注文したが、届いた新刊は、絶版になっていた『娘への読書案内』(朝日文庫)のタイトルを代えた復刻版だった。わたしは渡辺さんの著作は可能な限り入手したいので、『娘への読書案内』も中古市場から購入して既読していた。もし本屋で今度の復刻版を手にしていたら「なあ〜んだ。これはもう読んだ」と棚に戻していたことだろう。でも、復刻版も購入するはめになった。

 <お前さんは、もう一回読め>と師匠からのお導きとしよう。

 来週は、渡辺さんの処女作『熊本県人』が40年を経て復刊、発売される。全国にどれくらいの渡辺京二支持者がいるかわからないが、この本はそう買わないだろう。それを復刊してくれることに、わたしは言視舎という出版社に感謝する。わたしが言うのもへんだが深謝する。この本の復刻は慶賀に堪えない。

 

 今週、ようやく『山田風太郎明治小説』全集を読み終えた。昨年10月から昼休みとかの隙間時間を利用して読でいた。これも渡辺さんの(明治小説集についての)山田風太郎論を読んだのがきっかけだった。この全集の巻末にある哲学者、木田元史の解説も素晴らしかった。

 最終巻の解説文の冒頭はこうある。

 「明治の全期をゆきつもどりつして、なんとも奇怪な事件や人物に次々と出会わせてもらい、実に贅沢な楽しみを味わわせてもらった」

 御意!

 それから「風太郎の明治史観が、司馬遼太郎のそれと、まるでネガとポジのように対象的に見えて仕方がない」

 これについても御意。

 わたしもそういう思いから、いま司馬遼太郎の『「明治」という国家』を併読している。


2月04日(土曜)

 先週末は、土曜の午後から泊まりがけで福岡へ。

 酒宴1(これが主な目的)、ラン2(知人の大濠公園でのラン練習会への飛び入り参加、それと朝ラン)、本屋5(大型書店3、個性的な書店1、古本屋1)、ワイン1(三越のセール)。

 書店巡りは、博多駅の出店した紀伊国屋書店と丸善は初めて訪問する。福岡、博多の3つの大型書店のうちで、本の品揃えでは、天神のジュンク堂が最も充実しているようだ。特に専門書に関しては。覗く専門書棚は主に旅行と歴史であるが。わたしの好みは丸善。落ち着きがる。佇まいがよい。文庫本だけならば、紀伊国屋がよいようだ。

 では、今回、本とのよい出会いがあった本屋はどこかと言えば、20坪にも満たない広さの小さな書店である「ブックスキューブ」(福岡市内に2店あるようで、わたしが行ったのは、けやき通り店)という書店だ。この書店の存在を知ったのは昨年秋に刊行された『「本屋」は死なない』(石橋 毅史著)で「個性的な書店」として紹介されていたからだ。以外にも、店内は雑誌類、インテリア、料理など女性向けの棚が半分以上のスペースを占めていた。福岡、天神近くのけやき通りという洒落た界隈にある場所柄からだろう。少ないながら書籍は、この店の好みで仕入れたセレクトショップのようだった。普段ならば、わたしが目にしないような本が「イチオシ!」のような場所に置かれているので、新たな本との出会いが生じたのだ。


1月21日(土曜)

 熊本城マラソンまであと1カ月足らず。

 今年に入って、ランニングしている人をよく見かける。これはカラーバス効果でそう思うのでなく、明らかに増えている。

 先週日曜は熊本市役所で大会ボランティアの説明会があり参加した。地元である大会くらいボランティアの方にまわろうと考えた。そもそも、わたしは万単位で参加する大規模なシティーマラソンにはどうも腰が引ける。地方の市町村主催で小規模な大会の方が自分には合っている。走った後は、温泉にはいり、手作りの柚子胡椒とかを土産に買えたら満足だ。

 

 さて、大会ボランティアでは、わたしは沿道整備役をおおせつかった。

 いつも利用するアクアドームの沿道が担当場所。自宅からちょうど2キロの所だ。約1万人のランナーが目の前を通過することになると思うが、こんな機会がなければ、たくさんのランナーを見ることもないだろう。単に応援するだけのギャラリーとしてならば、トップランナーを見て、参加した知人を探し、ちょこっと見る程度だろうから。


1月07日(土曜)

 昨年12月に『世界の歴史〈25〉アジアと欧米世界』(川北稔、加藤祐三著、中公文庫)を読んだ際、16世紀後半、日本は世界最大の鉄砲製造国にして利用国だったとの記述があった。

 わたしはこのことを知らなかった。戦国時代に織田信長が鉄砲を効率よく利用した戦術をとったことは、たいていの人が学ぶ日本史のトピックだと思うが、その当時、それが世界最大国までに普及していたとは。

 そこで手にしたのが『鉄砲を捨てた日本人』(ノエル・ペリン著)。刊行は84年と古い著作。わたしが入手したのは中公文庫(91年発行)。この著作でも、「16世紀後半の日本は非西欧圏にあっては唯一、鉄砲の大量生産に成功した国である。それにとどまらず、同時代の日本は、ヨーロッパのいかなる国にもまさる世界最大の鉄砲使用国になった」とある。

 この本の要旨は、ではなぜ日本はその後、鉄砲を捨てたのかのなぞ解きをすすめる。江戸時代(パクス・トクガワーナ)に移り、武士は刀剣を「武士の魂」として維持した。日本の武士は鉄砲による戦闘よりも、互いに名のりあった後に刀剣を交える「純粋に美的感覚」を選択した。

 この本は現在のわたしたちにもいくつもの示唆を与えてくれる。最終章の「日本史に学ぶ軍縮」では、日本の歴史的経験は、「ゼロ成長の経済と、中身の豊かな文化的生活とは、百パーセント両立しうる」こと。また、「人間は(中略)自分がつくりだした知識と技術の犠牲になっている存在ではない」こと。原発事故に伴う今日的なエネルギー問題について、強調されてもし過ぎることがないメッセージである。

 翻訳者の川勝平太氏(ちなみに現静岡県知事)は、訳者あとがきで「日本史の教科書には「鉄砲の伝来」については必ず書かれている。しかしこと「鉄砲の放棄」については余り注目されていない」と述べている。

 「余り注目」どころか、わたしには目から鱗であった。

 

ホームへ戻る